十 大学時代
ショートステイから帰ってきた後、アメリカにいった二十人ばかりの生徒全員が、感想文を書いた。感想文は、文集になって配られた。ケイは、黒人と白人の学生が休み時間、別々に行動していることは書かなかった。黒人と白人が休み時間話し合ってないとスコットの父に言ったら、そんなことはないと強く反論されたことも書かなかった。早く日本に帰りたいと思ったこともあまり書かなかった。
アメリカの英語は早くて聞き取りにくかったけど、ケイは英語の読み書きはそれなりにできた。リスニングのテストも、大学入試のレベルでは聞き取ることができた。ケイは大学試験を受けて、東京都内の大学に進学した。
大学には、世界各国からの留学生がたくさんいたし、外国人の教官も多かった。英会話のクラスは、抽選制だった。一年生の間には、どの教官が試験を通りやすいかという情報が流れていた。試験を通りやすい教官は、抽選でも人気となった。ケイは、人気のないマンキューソという教官を選んだ。
マンキューソは、試験の評価が厳しく、授業中によく怒ると噂されていた。マンキュー最悪と、、上級生みんなが言う。しかしケイは、嫌われ者のマンキューを教官に選んだ。
実際授業を受けてみると、マンキューソはただ個性が強いだけだと思えた。そんなに学生に無理難題を課すわけでもないし、ジョークをよく言う。ケイは難なくマンキューソの試験を通過した。
大学では、英語の他に第二外国語の選択もあった。入学前に、ドイツ語、フランス語、ロシア語、中国語の中から、第二外国語の希望を選ぶ。ケイは第一希望中国語、第二希望ドイツ語、第三希望フランス語で応募した。抽選の結果、ケイはドイツ語のクラスになった。
ケイは別にドイツ語を使いこなせるようになりたいと思ったわけでない。ドイツ語を勉強する目的はただ単に、大学を卒業するためだった。
英語と第二外国語の他に、数学か第三外国語のどちらか四単位を選択する必要があった。外国語も数学も嫌いなケイは、二年生になって仕方なく、第三外国語としてフランス語を勉強することにした。
二年生冬学期のフランス語のテストは、一夜漬けでの挑戦だった。授業にもあまり出ていない。ケイは解答用紙の最後に、「数学も苦手です。外国語も苦手です。けれど、ここで単位を取らないと三年生に進級できません。お願いします。単位をください」と、願いを書き綴った。しかし、試験結果は落第、ケイは三年生に進級できず、留年した。
二回目の二年生で、ケイは別の教官のフランス語の授業をとり、必修の単位を満たした。フランス語もドイツ語同様、個人的に学びたくて学んだ言語でなく、卒業するために勉強した言語だった。大学受験の勉強同様、試験に受かるための外国語学習だ。文法や単語は覚えたけれど、試験後すぐほとんど忘れたし、フランス語やドイツ語の会話や文学を楽しめるほどの語学力は身につかなかった。
三年生から、ゼミナールの選択がある。ケイはあれだけ外国語が苦手なのに、ゼミナールの専攻に文化人類学を選んだ。ケイは個人的に哲学や文学に興味があったけれど、哲学も文学も、ゼミの内容が古臭くて、つまらなそうだった。外国文化の実地調査を重要視する文化人類学の方が、今世界で起きている様々な問題とつきあうには、哲学や文学よりも適していると思えた。
ケイは、スリランカでの宗教対立を専門とする教官のゼミに応募した。内戦続くスリランカにはそんなに興味がなかったけれど、教官の授業や知識に魅了されたので、応募した。
ゼミ選考は教官室での面接となる。ケイは就職して働くのが嫌だったので、大学院にすすんで研究者になろうとも思っていた。
「大学院にすすみたいとも考えています」と言うと、教官は、「何を読んでいますか?」と言った。ケイはゼミ選考の参考資料に載っていた、教官の推薦図書であるブルデューとトドロフの本しか読んでいなかった。
大学院に進学しようと思っている人は、二年生の終わりの時点で、明確な目標を持って生活を組み立てているのではないか。ふわふわした夢や理想など、毎日の勉強の積み重ねに負けてしまうのではないか。教官に質問されて、準備不足を痛感したケイは、簡単に大学院生になる夢をあきらめた。
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