2018年03月27日

「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」に充満する自由と成長の機会についての考察




ゼルダの伝説が面白すぎて、日常がつまらなくなる。ゼルダはプレイすればしただけ、成長を実感できる。コログの実を集めて、素材を集めて、料理して、妖精の泉で防具をパワーアップして、イワロックを倒して金を稼いで、ほこらを攻略してハートを増やして、等々やればやるほどリンクは成長していく。リアルな社会はこれほど成長する機会を与えてくれない。もちろん人生からゼルダ並みの充実を得ている人がいるかもしれない。しかし、多くのプレーヤーは、リアルな社会よりゼルダの中の世界の方が楽しいと思うのではないだろうか。何故このような世界間格差が生じるのだろうか。続きを読む


posted by 野尻有希 at 22:35 | ゲーム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月26日

ゲーム評:ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド〜物語の自由、戦闘の自由、移動の自由




小説、演劇、漫画、映画、テレビ、動画は一方通行のメディアである。対してゲーム、コミケ、食事、おしゃべり、恋愛、セックス、子育て、介護は、双方向のメディアである。双方向のメディアには、メディアの受容者側が参加し、時に需要者は供給者に変化することがある。もちろん小説を読む時に作者の意図しない革新的な読み方をすれば、小説も双方向的なメディアになりえる。ただし、それは小説の読書でなく批評行為と呼ばれる。本稿では、ゲームをセックスと同じ双方向参加型のメディアとして分析する。今回取り上げるのは、Wii UおよびNintendo Switchで発売された「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」(以下「ゼルダの伝説BoW」あるいは単に「ゼルダ」と表記する)である。続きを読む
posted by 野尻有希 at 22:18 | ゲーム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月25日

R-1ぐらんぷり2018〜濱田優勝の裏で起きた女芸人の歴史的敗退

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博多華丸
よしもとミュージックエンタテインメント 2006-07-26

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by G-Tools , 2018/03/25



R-1ぐらんぷり2018では、視覚特別支援学校(旧称盲学校)出身のM田祐太郎が優勝した。wikipediaで濱田は、「ロービジョンの漫談家」と説明されている。視覚障がいを持つ人がお笑いの賞レースで優勝したことは、歴史的快挙と受け取られている。一方で、女芸人は敗退した。メディアは濱田の優勝を朗報として取り上げるが、女芸人が賞レースで優勝できない現状は問題である。

R-1ぐらんぷり2018では、決勝進出12名のうち4名が女芸人だった。Aブロックにはカニササレアヤコが出場、ブロック内最下位で敗退した。Bブロックには河邑ミクとゆりあんレトリィバァの2名が出場、ゆりあんは1位通過(ファイナルステージ準優勝)、河邑ミクは0票で最下位敗退だった。Cブロックには紺野ぶるまが出場、こちらも0票最下位で敗退である。続きを読む
posted by 野尻有希 at 20:11 | TV論(バラエティー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

現代小説の存在意義とは何か〜神話、物語、歴史、近代小説との相違点

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文学とは何か――現代批評理論への招待(上) (岩波文庫)
テリー・イーグルトン 大橋 洋一
岩波書店 2014-08-20

文学とは何か――現代批評理論への招待(下) (岩波文庫) 新文学入門―T・イーグルトン『文学とは何か』を読む (岩波セミナーブックス) 批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義 (中公新書) 文学理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ) 文学部唯野教授 (岩波現代文庫―文芸) 文学理論講義: 新しいスタンダード 現代批評理論のすべて (ハンドブック・シリーズ) 文学入門 (岩波新書 青版) 「私」をつくる――近代小説の試み (岩波新書) 小説の技巧

by G-Tools , 2018/03/20



この記事では現代社会における小説の存在意義について考察する。脚本、現代詩、短歌、俳句、川柳、ノンフィクション、哲学書、エッセイ、映画、ドラマ、ビジュアルアート製作でなく、何故小説なのか、何故自分は小説を書くのかという長年の疑問について、自分自身で再確認するためにもこの記事を書いている。哲学書の前例にならい、今回もまた小説のはじまりから思考していく。

初めて書かれた小説は何か。セルバンテスの「ドン・キホーテ」を近代小説の起源とする意見が多い。「ドン・キホーテ」以前にも小説的な物語はたくさんあった。議論を整理するため、物語と小説の違いは何か定義しておこう。(小説と異なる存在としての)物語とは何かを語るためには、物語と前後して発生した神話、あるいは聖伝について考察する必要があるし、歴史と物語の違いについても考える必要があるだろう。

まずは神話だ。神話は共同体の価値規範を体系的に説明する。正しいもの、正しくないもの、何が正義で何が悪か、どのような行動が集団で良しとされるのか、どのような行動は集団で非難されるのか、神話は教えてくれる。続きを読む
posted by 野尻有希 at 00:32 | 文学理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

財務省の文書書き換え問題を事例にして、自由と服従と価値規範について考えてみた

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監獄の誕生―監視と処罰
ミシェル・フーコー Michel Foucault
新潮社 1977-09-01

狂気の歴史―古典主義時代における 言葉と物―人文科学の考古学 知への意志 (性の歴史) 知の考古学 (河出文庫) 自己への配慮 (性の歴史) 快楽の活用 (性の歴史) 全体主義の起原 2――帝国主義 【新版】 フーコー入門 (ちくま新書) 言説の領界 (河出文庫) ミシェル・フーコー: 近代を裏から読む (ちくま新書)

by G-Tools , 2018/03/18



報道番組では連日財務省の公文書書き換え問題を扱っている。この記事では、財務省の問題を事例にして、自由と服従と価値規範について考察する。哲学のルールに従って、それぞれの概念のはじめから考えていくことにする。

近代以前の人々は、神なり権威者に隷属していた。都市から離れた田舎で暮らす人々は、権威を気にせず自由気ままに農村生活を営んでいたかもしれない。しかし、その自由は限定的である。生まれた村から離れられないし、職業も変えられない。近代以前の人々は、生まれ育った共同体の価値規範に隷属していた。

近代以降の人々は、神、すなわち絶対的価値基準を捨てた。個人は自分の自由意志で思考し、行動し、人生を設計できるようになった。このような近代的自由の概念は建前だろうか。今でも多くの人々は権威に服従しているのではないだろうか。続きを読む
posted by 野尻有希 at 21:16 | 社会哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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