2018年10月30日

ドラクエ11物語論〜善良な動機に基づく善良な結果を絶え間なく求める者こそ勇者となる



ドラクエ11は、過去シリーズのファンを楽しませつつ、PS4のRPGに慣れた最近のゲームファンも魅了した。何故最近のゲームファンにも評価されたのか、要因を分析しよう。

【キャラがかわいい】
鳥山明がデザインした人々やモンスターが高画質3DCGで再現されている。最初の村の道端に立っている女の子がマンガのヒロインのごとく可愛い。正直ヒロインのエマよりも村人の方がかわいい。歴代シリーズに出てきたモンスターも高画質3DCGで再現されている。日本のマンガ・アニメ文化の3D空間化をドラクエ11は成し遂げている。続きを読む


posted by 野尻有希 at 23:34 | ゲーム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月21日

ドラクエ11物語論〜ロトシリーズの思い出との循環的接続



「ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて」(以下ドラクエ11)は、2017年7月29日にPS4と3DSで同時発売された。シリーズ30周年記念となる本作は、スタンドアロン型のRPGである。スカイリム、ウィッチャー3などの海外RPGがマルチエンディングを採用しているのに対して、ドラクエ11は日本式の一本道シナリオである。一本道ではあるものの、サブクエスト、ちいさなメダル集め、鉱石集め、ボウガンアドベンチャーなどミニゲーム要素が多く、本編そっちのけで、ゲームに没頭できる要素はある。また本編も複数の可能性の中から、プレイヤーが意識的に一つの可能性を選択したように思わせるストーリーになっている。

FF15はネットで散々叩かれた。ドラクエ11も古参ファンから散々叩かれるかと思いきや、発売直後からネットで高評価だった。何故古参のファンも満足できたのか。ドラクエ3以来20年近く放置されていたロトシリーズとの物語的接続があったからこそ、古参ファンは満足しただろう。副題「過ぎ去りし時を求めて」は、ロトシリーズの思い出との接続をも意味していただろう。
続きを読む
posted by 野尻有希 at 17:59 | ゲーム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

ドラクエ9物語論最終回〜石の町にも時は流れて、神なき世界で生きていく



堀井雄二といえば石化である。ドラクエ3では大魔王ゾーマが精霊ルビスを石化した。ドラクエ5では主人公とその妻が石化して、石像のまま8年間過ごすという日本RPG史上衝撃の鬱展開を披露した。ドラクエ7では村人全員が石化する村を二つも登場させた。石になることは時が止まることを意味する。そしてドラクエ9では、全て石でできた石の町が登場する。

石の町は、ピタリ山の山頂にある。エラフィタ村出身の彫刻家ラボオが、生まれ故郷のエラフィタ村を石の彫刻で完全再現したのである。何故ラボオは石の町を作り上げたのか。そこには堀井雄二ファンにはたまらない恋物語が潜んでいるのだった。

続きを読む
posted by 野尻有希 at 23:11 | ゲーム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月09日

ドラクエ9物語論「エルギオスの悲劇」の悲劇性を精読する



今回は、ドラクエ9のラスボス、エルギオスをめぐる悲劇について考察する。

天使界が崩壊した日、主人公は、天使の力をほとんど失い、地上に落ちた。人間の感謝の気持ちを集め、天使の力を取り戻した主人公は、天使界に舞い戻る。天使界は廃墟となっていた。これほどの悲劇は、数百年前に起きた「エルギオスの悲劇」以来だという。エルギオスは、主人公の師イザヤールの師匠であり、かつては最高位の天使だった。数百年前に地上に降りて以来、行方不明になっている。ここから先は、300年前、エルギオスに何が起きたのかについて、ドラクエ9の物語をたどっていこう。エルギオスの悲劇は、ドラクエ4におけるピサロとロザリーの悲劇の変奏曲であり、およそ国民的ゲームに似つかわしくない鬱展開なのである。続きを読む
posted by 野尻有希 at 23:10 | ゲーム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月08日

ドラクエ9物語論・序論〜みんなには見えないものを見つける旅



「ドラゴンクエストIX 星空の守り人」(以下ドラクエ9)は、2009年7月11日にニンテンドーDSで発売されたRPGゲームである。1995年のドラクエ6以来、久々となる任天堂ハードへの回帰であり、初の携帯ゲーム機版ドラクエでもあった。ドラクエ9の売上は430万本である。当時のシリーズ歴代最高売上を記録している(10、11はさらに売れた)。

ドラクエはPS3で発売されなかった。ソニーを見限っての任天堂での発売は、商業的に成功だったといえる。ドラクエ9と同じ年にPS3で発売されたFF13は、ハードウェアの技術にソフト制作が追い付いていなかったためか、ネット上で、途中から急に尻すぼみの展開になったと酷評された。ドラクエは大資本を持つ海外大手メーカーとの次世代機ソフト開発競争をおりて、粗いグラフィックでも子供たちに普及している任天堂ハードに舞い戻った。マーケティング戦略は的中し、売上は伸びたものの、FF13同様、ネットでぼろくそに叩かれることになる。続きを読む
posted by 野尻有希 at 15:03 | ゲーム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月02日

ファイナルファンタジーXII(FF12)物語考察〜支配者の庇護を離れる自由の物語



「ファイナルファンタジーXII(以下FF12)」は2006年3月16日にPS2で発売されたPS2最後のFFである。FFシリーズは当時1年程度のスパンで新作を発売していたが、前作から4年ぶりの新作だった。この後、FFはドラクエ並みに新作の発売間隔があいていく。

FF12 発売時、ファミ通のクロスレビューは40点満点をつけたのだが、当時ようやく隆盛し始めていたアマゾンのカスタマーレビューをはじめ、ネットでは散々酷評された。シリーズものはファンが多い。ファンは過去に熱中した名作と比較して、最新作を評価する。過去作の長所をさらに伸ばしていくような新作を作らないと、ファンは裏切られたと思ってしまう。スクエニは、ネットユーザーの発言力を軽視していたといえる。続きを読む
posted by 野尻有希 at 22:26 | ゲーム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月01日

ドラクエ8物語考察〜ドラクエ歴代シリーズの時系列関係



「ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君」(以下ドラクエ8)は、2004年にPS2で発売された。FFのスクウェアとDQのエニックスが統合されてスクウェア・エニックスになったのは2003年である。ドラクエ8は統合後初めて発売されたドラクエとなった。

ドラクエ8は3Dフルポリゴンで開発された初のドラクエでもある。3D表現の先駆者たるFFシリーズは、2002年のFF11でオンラインRPGになっていた。ドラクエの技術的進化はFFに比べて遅かった。発売当時、私もドラクエ8を買ってみたが、熱中したFF10に比べて何もかも古く感じられて、プレイ1時間くらいでやめてしまった。昨年3DSリメイク版でプレイしてようやくクリアしたのだった。

ドラクエ8の物語はドラクエ7に比べるとシンプルにまとまっている。ドラクエ7でプレイヤー達は、過去と現在を行き来して、本筋とはまるで関係ないように感じられもする長大で、かつ重苦しいサブエピソードをこなした。スクウェアと統合した影響なのか、前作のあまりな鬱展開が反省されたのか、あるいは物語よりもグラフィックを打ち出す方針にしたのか、ドラクエ8の堀井雄二は単純になった。続きを読む
posted by 野尻有希 at 21:20 | ゲーム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。