土曜日ドラッグストアにおいてあったストレス測定器で、身体の部位ごとのストレスを測定したら、頭と右肩が異様に疲労していた。
度重なる神経痛、頭痛、肩こり、眼精疲労…
その影響でしばらく読んでいなかった文学書を再度たしなむことにした。パンクから離れて再び文学へ。
応募した新人賞の結果もわからないが、また新人賞応募用の小説を書きたく思った。
しかし、どんな小説を書いたらいいのか、わからない。小説の書き方を忘れている。
賞を受けようが受けまいが、優れた作品を書き続けること、それが私の人生だと今朝思った。
文学に舞い戻ったので、ネット上で文学好きを探してみる。極度の文学好きはやはりスノッブで、音楽、芸術の趣味も知的で反大衆的で、現代思想を愛しており、この人たちは自分の一部だし、好きなのだが、スノッブ一辺倒では現実世界に対する波及力にかけるなと思った。
多くの人の人生に好影響を与える活動を行なうことが、文学創作の意義だと信じようとするなら、自分は19世紀的な創作の姿勢に立ち戻る必要がある。尊敬のまなざしで眺めるのは、トルストイであり、マンだ。彼らが現代思想的に観て、どんなに時代遅れの小説家でも、社会に訴える小説を書くことを自分の人生とすれば、彼らこそ最良の模範となる。
「この雑誌は論争的なものではなくて、建設的、生産的、同時にまた再建的、友情的に未来へ働きかけようとするもので、国内ドイツの空位期間のあいだ、同時代の最高のドイツ文化の避難所として、信頼と権威をかちえたいと思います……」
上の文章の「雑誌」を「ブログ」に、「国内ドイツ」を「日本出版界」に、「ドイツ文化」を「日本文化」にしたのを、このブログのサブタイトル欄としていた時期があった。一度このような生真面目な姿勢から離れて世間をさまよったが、またこの大時代的姿勢に立ち戻り、一人作業を続けていこうと思う。
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