2012年02月20日

コラム:野田総理が連日『ALWAYS三丁目の夕日』を好きだと語っている件について真剣に考えてみる

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by G-Tools , 2012/02/20



最近野田総理が、映画『ALWAYS三丁目の夕日』を何かある度に言及している。国会中継で『ALWAYS三丁目の夕日』が大好きですと公言し、NHKの21時のニュース出演時も、『ALWAYS三丁目の夕日』の頃のような中間層の分厚い社会にしたいと発言し、慶應大学で行われた大学生向けのシンポジウムでも、元TBSアナウンサー小島慶子との政府広報対談でも、『ALWAYS三丁目の夕日』に触れながら、税制改革論を語っている。

<ソース>
首相官邸HP
シンポジウム「社会保障と税の一体改革について」基調講演
http://www.kantei.go.jp/jp/noda/statement/201202/04kouen.html

政府広報オンライン
対談「社会保障と税の一体改革について〜よりよい明日へ、再び底力のある国へ」
http://www.gov-online.go.jp/topics/sz/sz_04.html

これだけ同じ映画の言及が続くと、政治的意図を感じる。誰か裏で情報をプロデュースしている秋元康みたいな策士がいるのだろう。ニュースの情報だけでは豊かさが欠けると思い、『ALWAYS三丁目の夕日』をデフレ象徴のゲオで100円レンタル視聴しつつ、上記ソース元の野田総理の発言を読んでみた。

ニュースで断片的情報だけ取っていた時は、野田総理は日本を再び昭和30年代、40年代の頃の貧しい国にしたいのだろうかと感じていた。高度経済成長が起きたのは、戦後の日本が貧しかったからである。みなが貧しかったからこそ、経済成長できた。美化され、ノスタルジックに語られる「古き良き昭和」は、格差と貧困が広がったと言われる現代日本よりも、よほど貧しかった。ネットもパソコンもケータイもなく、社会関係の円は狭いから自然と近隣でつきあうようになる。家族の仲がよかったと美化されながら語られているが、女性の多くは専業主婦で、社会的、経済的地位が低く、男性による暴力や暴言も現代より多かった。

映画『ALWAYS三丁目の夕日』を見て、野田総理の発言も読んだら、総理は別に「古き良き昭和」に社会を戻そうと言っているわけではないと気づいた。例えば、政府広報サイトに載っている小島慶子との対談における発言。

野田『私なんかは、まさに「三丁目の夕日」世代です。そんなに豊かじゃないけど、家にテレビや新しい冷蔵庫が入ったら、家族皆で喜んだり。次々と少しずつ豊かさを享受していって、《今日より明日は良くなる》だろうなという思いで、生きてきました。

バブル崩壊後に生まれた人達は、今日より明日は不安だという思いがずっと続いていると思うんです。その流れを変えたいですよね。かつては、どんどん社会の中間層が厚くなっていって、頑張ればその層に入れるんだというのが、日本の底力だったと思います。そういう国を、もう一回作りたいなと。《分厚い中間層》のいる国。だからこそ、老後の問題だけでなく、中間層から脱落してもリターンマッチできるような支え=全世代対応型の社会保障が、これから大事なんです。

そのために《どういうお金の使い方をするか》を議論していくんだ、ということは、ご理解を頂きたいと思います。小島さんのお子さん達にも、「日本に生まれて幸せ」と思って頂ける社会にするために』(http://www.gov-online.go.jp/topics/sz/sz_04.htmlより)

高度経済成長期の日本は、野田総理が好きだと連呼する映画で描かれていたように、今より豊かでなく、今後豊かになる可能性がたくさんあった。テレビ、冷蔵庫、洗濯機という三種の神器が家に来て、快適な生活になる。多くの人が明日の更なる発展を信じていた。

野田総理は、現代の国民が、未来はきっとよくなると思えずにいることを憂いている。現状維持か、将来もっと貧しくなるのではないかという不安だけなら、豊かになる可能性に溢れていた過去を回顧したくもなる。

分厚い中間層を作るため、ある程度の経済的自由を代償にしながら、経済的平等を実現しようとするのが、野田総理および財務省の描く日本国のシナリオのようである。国は、国民に対して「所得倍増計画」のような<大きな物語>を再び提供しようとしている。小泉総理の「構造改革」という<大きな物語>は受けたが、菅総理の「最小不幸社会」という<大きな物語>は震災と原発事故後、打ち切りになった。野田総理の「明日は今日よりよくなる」「分厚い中間層のいる国」という<大きな物語>は、非現実的だ。非現実的だからこそ、実現させようと望める虚構の物語なのだが、この物語は、「社会保障と税の一体改革」という国家的計画を実現するために繰り返し語られる。

正直、総理が語るように中間層を分厚くすることは難しいと思う。高度成長期の中間層とは、団塊の世代だった。戦後ベビーブームで生まれた団塊の世代が、大人になって働くとともに日本経済は成長し、団塊の世代が定年退職を迎えると共に、日本経済は停滞期を迎えた。今後も老年人口は増大し、若年人口は減少する。分厚い中間層とは、労働人口そのものだとしたら、日本が再び分厚い中間層を持てるとは思えない(分厚い老年層は、現実化している最中だが)。

『ALWAYS三丁目の夕日』は、政府広報のプロパガンダ映画ではない。現実の世界では、「明日は今日より良くなる」という物語は通用しない。現代世界史は、「明日は今日より良くならない」可能性、災害と苦難に立ち向かう物語の脚本に満ちている。

19世紀に作られた国家、貨幣経済、政府という装置が、インターネット発達後の現代では、機能しなくなっている。だからこそ、古いものは壊れていく。動乱、無秩序、社会体制の崩壊という「世界の終わり」を前にして、いかにサバイバルするか。リスクに前向きに立ち向かい、万全の準備を行うPREPPERの姿勢が、今後、必要ではないだろうか、『ALWAYS三丁目の夕日』に出てくる鈴木オートの社長のように。
posted by 野尻有希 at 23:56 | TrackBack(0) | 映画論(国内) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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