2014年10月10日

外部からの評価を求めるより、その分野における正しさの追求を仕事の目標に

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それでも人生にイエスと言う
V.E. フランクル 山田 邦男
春秋社 1993-12-25

夜と霧 新版 夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録 「生きる意味」を求めて (フランクル・コレクション) フランクル心理学入門―どんな時も人生には意味がある 死と愛――実存分析入門

by G-Tools , 2014/10/10



ネット小説は、ファンタジーのライトノベルなど若者向けの小説が人気だ。自分は大人が読む小説を書く。すると、ネットで書いていくより、出版社の新人賞向けに書いた方がいい。小説家としてのキャリアプランを固める意思決定作業が続く。小説家になるために不要なことはできるだけ減らしていく。小説を書くために不要な経験など何もない。全ての体験が創作の糧になり得るのだが、決意して生きていくのと、ただ惰性で過ごすのは、やはり違う。

先週見た番組より、仕事にも応用できる印象的な箇所のまとめ。

フジ日曜朝のトーク番組『ボクらの時代』より、オリンピック体操日本代表に三人の子供を出した田中さんの言葉。

・本人が嫌々やっていると伸びない。好きじゃないと続かない。どうすれば好きになるか? 真剣に遊ぶ。遊ぶのは悪いことじゃない。本気で遊ぶと好きになるし、続く。
(同意)
・オリンピック出場と言う目標は後。何より先に、正しい体操、美しい体操を教えたかった。
(新人賞受賞を目標にすると、落選した時のストレスが大きい。自分が究めるべきは、正しい小説を書くことだ。正しい小説などどこにも存在しないのだが、せめて自分にとって正しい小説を書くことにする。そのためには一切妥協しない。そういう姿勢で創作に励む)


NHK教育の対談番組「SWITCHインタビュー達人達 歌手北島三郎×コメディアン萩本欽一」より。
北島三郎さん
・美空ひばりという巨大な壁があった。紅白歌合戦のオオトリに美空ひばりがでてくると、それまでの歌が全部吹っ飛ばされる。他の歌手の歌を全部吹っ飛ばすほどの力が必要だと感じた。
・プロなら自分の歌の中に、自分しか歌えない箇所を作る。そこがどこかは秘密。
・得意なところを引き立てるために、得意じゃないところをいかに大事に歌うか。
・いいところを意識して際立たさせる人が多いが、そこまで意識する必要はない、もともと得意なのだから。自分の苦手なこと、悪いところをしっかりやれば、得意なところはそんなに意識しなくても相手に響く。
(この話を聞いた後、風呂でいつものように歌ったら、歌がうまくなったと自分でも感じた。いかに自分の興味ない部分を適当に流しているか、身に染みた。興味ない部分も丁寧に歌うようにすると、プロっぽくなる。素人は趣味でやる。プロは自分が楽しいと思えない部分も見てくれる人のために丁寧に品質を保つ。小説にも通じる考え方だ)

萩本欽一さん
・会社に行く前に嫌だな、行きたくないなと毎朝ぼやいている人がいたら、その悪いところをやめれば、得意な部分が自然に人の目につくようにな
る。
(ぼやくのはよくない。心許せる人に向けて語る愚痴はある程度の浄化剤になるとしても、頭の中で独り言として毎日ぼやいているのは精神的にもよくない)

北島三郎さんの言葉は、小説を書く時にも役立つ。自分の作品は、シナリオ・センターでも、某小説教室でもテンポが速いと指摘されていた。テンポの速さはスピード重視の現代において長所なのだが、ただずっと速いだけでは読者も飽きるし、疲れる。作品の中にテンポをゆるめる休憩ポイントを作る必要がある。緩い部分があるからこそ、緊張部分が冴えて来る。緩い部分があれば、そこまで劇的に緊張させる必要もなくなる。

今週の今後の予定
土曜日はシナリオ・センターでコンクール入門講座。もう小説でやっていく気満々なので、シナリオのコンクールには応募しないつもりだが、シナリオと小説両方に共通で使える技術こそ、ドラマの技術なのだと気づいた。ドラマの神髄をきわめるため、講座に出席する。

日曜日は北野天満宮にITストラテジスト試験の合格祈願に向かう。来週はITストラテジストの試験。小説家志望ならそんなの受けなくてもいいのだけど、後々経歴書に変な資格があった方が差別化できると思ったので、惰性で受けに行く。去年は不合格だったので、今年こそ合格を目指す。

月曜はITストラテジストの勉強。来週末のITストラテジスト試験が終わったら、試験から解放される。一応心理カウンセリング実践講座の通信教育が残っているし、絵の描き方講座も受講してみたいけど、試験的なものは小説の新人賞以外なくなる。来週からが勝負の時だ。

この記事のタイトル「外部からの評価を求めるより、その分野における正しさの追求を仕事の目標に」に戻る。具体例で言いかえると、自分の場合は、「新人賞を取ることよりも、自分にとって正しい小説を書くことを創作の目標に」となる。

受賞という客観的価値を追求すると、それを手にした時、疲労感が起きる。成長が止まる。実際は理想と違って幻滅する。自分にとって正しい小説を書くと言うことを目標にすると、たとえ賞に落ちても目標を追求できる。賞をとっても天狗にならず、さらなる高みを目指して向上できる。

高校時代は、大学になったら遊ぼうと思って勉強した。いざ憧れの大学に入ったら、全然楽しくなくてうつ病チックになった。目標が叶ったら期待と違っていた。大学合格のような大きな目標もなかった。あの時、「大学への合格」という客観的価値ではなく、「自分にとって正しい勉強を究める」という主観的価値の達成を目標にしていたら、勉強は終わりなく続いただろう。追求の道にゴールは決してない。目標に向かう過程にこそ興奮がある。たどりついてしまったら絶望と不安しかないのだ。

だから自分は取り組み続ける。自分が心から面白いと思える小説を書けるようになるまで、小説を書き続ける。


求めていたものを手にして、期待と違って絶望して、また別のものを求めて、また期待と違って絶望して。そんなことを繰り返しているということは、最初の要求が誤っていたということ。

本当は求めていないものを求めていたのだ。

外ではなく内にあるのだ、あなたが求めてきたものは。
posted by 野尻有希 at 00:57 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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