2016年02月27日

NHK教育『100分de名著 アドラー「人生の意味の心理学」第3回対人関係を転換する』より印象的な箇所のまとめ



NHK教育『100分de名著 アドラー「人生の意味の心理学」第3回 対人関係を転換する』より印象的な箇所のまとめ。

究極的には我々の人生において、対人関係以外の問題はないように見える。そして、それらの問題は、我々が他者に関心を持っている時にだけ解決できるのである。

人は一人では生きられない。他者と関わりながら、豊かに生きるにはどうすればいいのか?

愛する人との別れも対人関係。どんな問題も対人関係。孤独ですら、対人関係の問題。一人で生きていたら、孤独ですらない。
<広場恐怖症>
全ての行動には、相手役がいる。

相手役である他者を自分の敵と考える人=自分は世界の中心にいるという意識を持っている。典型的なケースが広場恐怖症。

広場恐怖症の人は、みんなから見られることを恐れているように見えるが、その逆で、世界の中心にいたいと思っている。そういう人は、幼い頃、甘やかされて育っている。甘やかされて当然と思っていると、他者が自分に何をしてくれるにしか関心を示さない大人になる。そして、ひとたびそうではない現実に遭遇すると、不機嫌になったり、引きこもったりする。

外に出ると、自分は「多数の中の一人」でしかなくなる。それを恐れて、引きこもってしまう。

子供を甘やかすのはだめ?

アドラーは子供を甘やかすことに対して非常に厳しい。甘やかすと、他人に依存する。いつも注目されたい子供になる。思うような注目を得られないので、親が困ることをする。

拒食症
食が細ければ周囲が注目する。

<承認欲求とは?>
〇ドラマパート
少女「私、絵が描きたいんです。美大に進学して、本格的に絵を描きたいんです。でもうちの両親は、普通に大学行ってほしそうで。そう考えたら、普通の大学いった方がいいのかなと」
アドラー「まさに承認欲求のなせる技だな」
少女「何それ?」
アドラー「ほめられたい、認められたいという欲求だ」
少女「親にほめられたいと思うのは当たり前でしょ。何の問題もないじゃない」
アドラー「もちろん、それが君の目的ならばね。君にこの言葉を伝えておこう。人間は、自分自身の人生を描く画家である。それがどんな絵になろうと、全て自分自身で引き受けるしかないんだよ」

〇スタジオ
承認欲求が強いといろんな問題が起きる。何故承認欲求が強くなるのか? 賞罰欲求、ほめて育てられたことに関係がある。

廊下にごみが落ちている。ほめられて育った子供は、自分がごみを捨てるところを誰かが見てくれるかを気にする。誰か見てくれているなと思ったら、ゴミを捨てる。誰も見ていないと思ったら、素通りする。

ほめられなければやらない。やったのにほめられないとキレる人になる。

ずっと怒られるのも違う。

自分で何が正しいか判断できない。人の顔色をうかがって、しかられそうなら、やりたくなくてもやる。自分で判断しているわけじゃない。

承認欲求が強い人は、子育ても介護もつらいものになる。ではどうすればいいのか?

ギブ&テイクという発想から抜ければいい。ギブ&ギブ。恋愛でもそう。

生きること全般はギブ&ギブだと思えば、たとえ承認されなくても、自分の行為の価値は自分でわかるようになる。ことさらに人に承認を求めなくなる。

<課題の分離>
〇ドラマパート
母「先生、うちの娘に何吹き込んだんですか? 急に美大に行きたいとか言いだして」
アドラー「娘さんが自分で自分の道を選んだことが、何か問題ですか?」
母「美大で食べていける人はとても少ないんでしょ。いつか挫折して、自分の才能に気づく。それからじゃ遅いんです」
アドラー「全く持って課題の分離ができていませんね、お母さん」

アドラーは言う。私達は雨を傘で防ぐことはできるが、雨を止めることはできない。他者の感情も雨と同じ。いくら力で抑え込もうとしても、止めることはできない。

アドラー「彼女の課題に土足で踏み込まず、見守ってあげてください。さもなくば、彼女が人生の課題に挑戦して失敗した時、それをきっとお母さんのせいにするでしょう。もしかしたら、うらんだり、復讐しようとしたり。自分の人生の責任は自分でとるしかないんです」
母「先生は残酷です。課題の分離なんて。親子じゃない」
  母、カウンセリングルームを出ていく。
アドラー「まああなた方がどう変わるかは、私の課題じゃありませんけどね」

〇スタジオで
課題とは、あることの最終的な結末は誰にふりかかるか? つまり、誰が困るのかということ。

親の課題
子供にいい人生を歩んでほしいと思うこと。

子供には、親の課題を解決する義務はない。親の思ういい人生が、子供にとってもいい人生とは限らない。そこをよく話し合わないで、踏み込むのはよくない。あらゆる対人関係のトラブルは、人の課題に土足で踏み込むこと、踏み込まれることから起こっている。

冷たいんじゃなくて、涼しい親子関係。

課題の分離は、対人関係の最終的な目標ではない。課題の分離は入口である。

誰の課題なのか? 勉強しないと困るのは子供。親の課題ではない。

学校から呼び出されて叱られるのは、親の課題。子供の課題ではない。

〇ドラマパート
アドラー「もし親の期待に答えて喜ばせたとして、それでは他人の人生を生きていることになるからね」
少女「でも自分の人生を生きるのにも勇気がいる」
アドラー「それは、幸せになる勇気じゃないのかな」

アドラー「人間は自分の運命の主人公である」

〇スタジオで
対人関係の中に入っていけば、摩擦は避けられない。生きる喜び、幸せも対人関係の中からしか生じない。課題を分離しなさい。ただ、他人と関係を切りなさいとは言わない。

対人関係のカードは自分が握っている。相手は関係ない。今これからの関係を考えるしかない。人は変えられない。でも自分は変えられる。自分の変化に伴って相手が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。変わるか変わらないかは相手の課題。

相手に対して無関心になるんじゃなくて、課題を分離する。
posted by 野尻有希 at 13:32 | TrackBack(0) | TV論(ドキュメンタリー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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