2016年06月12日

NHK教育「SWITCHインタビュー達人達 藤山直美×香川照之」より、印象的な言葉のまとめ

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by G-Tools , 2016/06/12



NHK教育「SWITCHインタビュー達人達 藤山直美×香川照之」より、印象的な言葉のまとめ。

【演技について】
藤山:人間の心なんてマトリョーシカと一緒。なんぼ出てくるかわからんで、自分なんて。何層かある。
香川:カメラに映ることを生業としない方々も、どの瞬間も芝居している。見られていることを意識しているし、よく見られようと思っているだろうし。
藤山:心の中で手をあげている。『私ここです』って。そういうところをみんなお持ちだと思う、役者じゃなくても。
香川:40過ぎてから、カメラの前で芝居をしないことなんだなと、役者が特権として持つのは。カメラの向こう側の人達の方が芝居をしているとするならば、カメラに映っている人が芝居をしていないのが一番強いんじゃないか。役作りはそういうものじゃないかなと思う。

【セリフは下から】
藤山:稽古の時に「セリフが上から落ちてくるからまだあきません」と言っていた。下から出てこない、記憶で言っている。セリフが上から落ちてくる間は私のものじゃないとよく言っていたのを覚えている。

【自然体の芝居の罠】
藤山:役者を見ていると、自然体の芝居が嫌な時がたまにある。やっぱり芝居なんだなというのをパーセンテージでも残さないと、お芝居として嫌になる。ドキュメントと芝居芝居したものの間を蛇行するのが、お客さんに受け入れてもらいやすい。
香川:多くの役者はコントロールタワーなり、上から見られているエンジンがない。そういうエンジンを持っている人は、逆に言うと下がない。ただ見ているだけになる。藤山さんは両方をバランスよく持っている。そして、もう一つ警察みたいなものを持っている。警察が見張っている自覚を持っている。自分は何していいか、ちゃんとセンスを持って。ここから下だけはしちゃいけない。そういうものを全部兼ね備えているのが、藤山直美さんのおそろしさ。
藤山:入場料払ってもらっているお客さんに全部喜んでもらわないと、詐欺になる。品物を渡すわけじゃないから。私達は記憶と空気しか売っていない。
香川:お客さん寝ている人もいる。寝ているのも込みで芝居。「お客さんが寝て、起きた瞬間にそれでも笑わさなあかん」と直美姉さんに言われて、なるほどなあと思って。お客さんはお金払って芝居を見に来ているから、何しても自由。
藤山:他のお客さんに迷惑ならなければ、何をしてもいい。

【演じるとは】
藤山:何を塗っても、つけまつげを上と下着けても、唇を真っ赤にしても、3階から見る役者の顔なんて頭蓋骨しか見えない。芝居もそう。最後は骨格しかないその人の芝居って。情はその人の毛穴から出るもの。こうした方が親切に見えますよ、こうした方があたたかく見えますよって皆さん会得するかもしれないけど、何とも言えん情があるよなっていうのは、その人の毛穴だから、それは演じられない。
香川:役者になるという方向自体が、自分のことしか考えていない集団。情と相反することだと思う。矢印が自分でなく他者に向いた時、初めて情への道が始まる。矢印が他者に向くか、自分に向くか、2つにわかれているというのをお客さんは実は見抜いている。

藤山:「毎日毎日お芝居やるってどういうことなん?」て父親に聞いたことがある。「水面に人差し指突っ込んで、字書いているのが役者や。すぐ消えるから毎日書く。水に突っ込んで字書くみたいなのが役者や」って。「今までよかったのに急にあの人腕止まったなという時は、人間の成長止まってんねん」って。

藤山:何かの作品がきっかけで成長したんですかと聞かれるけれど、作品をきっかけに成長したことはない。父が亡くなったとか、姉が亡くなったとか、そういうことをきっかけに変わる。

香川:直美さんには天性の間がある。日本人が一番ここちいい間。セリフは間。確かな役者さんが持っている間は、日本の伝統芸能に通じるものがある。

藤山:作品によって、「今日終わった、よかったな」と思う日もあったら、「明日の前の晩やな」と思う時もある。このままやったら幕切れきついなと思う時がある。一幕目長いな、お客さん退屈しはるし、一時間過ぎてるからせめて50分かなとか、そんなこと考えてると、(その日の夜は)次の日の前の晩になる。
香川:我々はどこかで血を流している。流れている量が多ければ多いほど、自分が苦しめば苦しむほどお客さんは喜んでくれる。
藤山:主語はお客さんです、私は述語です、いつでも。
香川:述語ね。確かに述語、芝居をするってね。動詞の感じがする。そこで笑ってもらうのか、泣いてもらうのか。

【鍛錬訓練】
香川:僕は怖いから、やってやって、100%やっても苦に思わない性格。
藤山:鍛錬訓練が普通にできる人が好き。鍛錬訓練を努力だと思っている人がいるかもしれないけれど、役者にとって鍛錬訓練はお箸のあげおろしと同じこと。ものすごい努力してるんや、頑張ってるんやとすると、私が私に恩着せがましくなる。恩着せがましいのは体に出るから、お客さんから拒絶される。だからいつでも普通にしている。「直美さんなんでもすぐぱぱっとできるんですね」って言われるけど、そんなのできるわけない。けれどそれを見せる必要はない。知ってもらうことも不必要。鍛錬訓練が自然と身についているというのは、すごく大事なこと。

【映画】
藤山:喜劇の場合は、白い生地があったら、洋服作ってもナップザック作ってもシーツにしても自由。映画は監督のものだなあって思う。私がいつも映画で困ることは何だと思う? まばたき。あれは困る。まばたきしないでくださいと監督に言われると、なるほどなあと、困る。
香川:映画というと、2時間ずうっと主人公がまばたきしていない映画もあるくらい。僕は逆に歌舞伎に入って、まばたきをしないといけない。まばたきをしないことになれ過ぎて、辛い。映画では、まばたきすることで、集中していないと見られてしまう。もちろんまばたきしながら集中している人もいるけど。

【役者の寿命】
藤山:私も歳とってきて、人から見ると5年前と何にも変わらないと言われるけど、自分では飛べない、しなれない感じる。どうやって上手に退いていくのが一番いいか思い始める歳が60だと思う。喜劇はやっぱりパワーがいる。
香川:芝居は一生できる仕事でもある。
藤山:役者の寿命が富士山の頂上だとしたら、私はもう中腹以上行っている。これから酸素薄くなる。本当にいる荷物しかかつげない。その前はミネラルウォーター、おかし、湿布多めにいれとこうかとなる。私は芝居の神様が教えてくれる時期になったと思う。「お前も頂上いかなあかんから、これとこれだけ荷物まとめとけよ。これから空気薄くなるぞ、頭ふらふらするぞ、だから最低限の荷物で上がってこいよ」というのをこの3年間で教えてくれる気がする。
posted by 野尻有希 at 00:18 | TrackBack(0) | 創作技術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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