2016年06月28日

「新世代が解く! ニッポンのジレンマ〜パクリ? オマージュ? 創作のジレンマ」レビュー



NHK教育では毎月月末最後の週末深夜に「新世代が解く! ニッポンのジレンマ」が放送されている。6月のテーマは「パクリ? オマージュ? 創作のジレンマ」だった。MCは古市さん、出演は弁護士の水野祐、デザインエンジニアの櫻井稔、ミュージシャンのリトル太郎ピーター。印象的に残った言葉をまとめる。キーワード的な発言と、その発言に対する私の解釈をまとめてみる。

「芸術は醸造だ」(櫻井稔)
近代の芸術は、天才の才能の爆発によってクリエイトされる。ソーシャルネットワーク時代の芸術は、たいして才能もない無数の個人が大量に作品を製作する。ほとんどの作品はたいしたファンもつかないが、価値がないとは言い切れない。クラウド上にストレージされた作品群はやがて酒のように発酵し、新しい芸術の価値を形成する。現代の芸術は醸造である。

「創造力から生成力へ」(水野佑)
近代の芸術はクリエイトされる。現代の芸術はジェネレイトされる。創造力から生成力への移行。大量の情報の渦の中から、うねるようにして芸術的価値が生成する。きらめくような個性がなくても、大量のアイデアやテクニックが渦の中に取り込まれ、一定の濾過を経た後、市場に出現する。それは生成変化した複数のペルソナである。代表的な顔はない。集合知のペルソナである。

「プロかアマの二項対立を超えて、草野球の肯定」(水野佑)
日本の音楽界は、プロかアマの二択になる。プロになれなかったミュージシャンは、音楽を諦めて真面目に働き出したりする。プロになれなかったら、音楽辞める必要ないのではないか。生活の中に音楽制作活動があってよいのではないか。草野球でいい。二項対立で考えるのはやめた方がいい。いつまでも芸術活動は続けられる。金銭的価値を目的とせず、ただ作ることを史上の喜びとして。

「権利主張で市場縮小」(水野佑)
音楽市場の市場規模は、豆腐市場の市場規模と同じという調査結果があった。著作者が権利を主張することによって、市場規模縮小の危険がある。特に日本は海外に比べて権利にうるさい。自分の創作物を他の人が模倣したら著作権違反だと権利を主張する方法のオルタナティブとして、他の人が模倣したら、権利料を徴収するという考え方がある。禁止はしないからどんどん模倣して、その代わりお金払ってとした方が、市場は広がる。

「芸術家は考え方、捉え方を提示」(水野佑)
芸術家の本質は、物事の考え方、捉え方を提示すること。作品を通して、こういうものの見方、考え方もあるんだと鑑賞者に提示すること。オリジナリティーだ、模倣だとこだわる前の段階に、芸術の価値があるのではないか。自分なりの独自の見方を提示すると意気込むことなく、ただ自分の見たこと、考えたことを素直に提示すること。私の考え方は、一つしかない、たとえたくさんの常識に汚染されていても。

(番組を見ての感想)
草野球をするのは楽しいから。友人付き合いから。そんな感じで永続的にジェネレイトできたら素敵。
posted by 野尻有希 at 23:02 | TrackBack(0) | 創作技術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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