2016年09月19日

花火大会の最近の技術革新を見て、小説は技術革新できているのか疑問に思う

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by G-Tools , 2016/09/19



夜中にテレビをつけたら、花火大会の中継番組をやっていた。全国一を決める競技大会の再放送だ。僕の記憶にある花火よりもずっときれいだった。子供の頃、親戚の家の祭りに呼ばれて花火を見ていた。大人になってからは花火を見ていない。花火なんて見る価値ないと思っていたからだ。

秋田大曲の花火は違った。打ち上げ前に、女性アナウンサーによる花火の説明が流れる。音楽にあわせて花火が次々打ち上げられていく。色、大きさ、形の異なる花火が何発も上がって、最後には大尺玉が画面を覆いつくす。芸術性とエンターテインメント性を同時に感じた。

ここ五年から十年で、若い花火職人達が新しい花火を次々作っていったと、解説の人がいう。眠かったから録画予約して、翌朝、花火の続きを見た。番組が終わったら、動画サイトにあげられていた他の花火大会の動画も見た。テレビで見たのと同じように、音楽にあわせて花火が打ち上げられる。動画では、近くにいる観客の生の声も入っていて、臨場感が増した。長岡の花火大会のフェニックスでは、大尺玉が何発も広がった。

花火大会は何故ここまで進化したのか。若い職人が技術と想像力を駆使したのだろう。インターネットによって情報共有が進んだことも、花火大会の発展に寄与しただろう。
 
小説はどうか。花火ほど技術や魅力が進展しているだろうかと気になった。
 
小説は、二十世紀中盤にある技術が出尽くしたと指摘されている。小説の言語表現で技術革新を起こすには、その時その時の口語表現を取り入れるしかない。あるいは、社会風俗を取り入れたり、同時代の社会問題を取りあげるしか、現代小説の意義はない。

音楽は電子技術と結びついて表現の幅を広げた。絵画や映画も花火同様に表現の幅を広げている。小説はどうだろうか。技術的進歩の限界点に到達しただろうか。まだまだ僕達が予測できない方向に進化するだろうか。

技術を変革させるのは、小説を作る者の役目だ。先人と同じレベルの作品を創っていても読む価値は生まれない。出版情報技術の発展によって、過去の名作をいくらでも読むことができる。現代の小説家は、同時代あるいは未来の読書に向けて、新しい小説を送り届ける必要がある。

厳密にいえば、同時代の読者は存在しない。小説は書かれた瞬間、過去の作品になる。読者が作品を読むのは、作者が作り出した後の時間だ。小説を読むということは、常に未来的な体験といえる。小説を書くということは、常に過去の作業になる。作者は常に未来の読者に向けて作品を送り届ける必要がある。

花火大会のクライマックスでは、大きな花火が連続して花開く。四方八方に広がるたくさんの炎の線は、生命力の爆発を連想させる。花火は武器の平和利用だと、花火大会の解説者の人がいっていた。火薬も花火になれば、多くの人々を感動させる作品になる。

現代の小説は、花火のように技術発展を繰り返し、多くの人を魅了する必要がある。ネットによって情報共有が発展した。他の競合分野の第一級の作品と比べても、見劣りしない価値を持つ小説を、現代の小説家は書く必要がある。花火を見終ってそう感じた。

自分の努力は足りない。若い花火職人が切磋琢磨したほどには、小説を魅力的なものにしていない。未来の読者に向けて、新しい小説を打ち上げる。小説は終わったといわれないように、全く未知の、予測不可能な、計算可能性の外にある異物としての小説を未来に送り届けよう。
posted by 野尻有希 at 23:55 | TrackBack(0) | エッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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