2017年01月10日

日記を書く阿呆

今日から日記をつけてみる。今日だけ日記をつけることになるかもしれないけど、まず書き始めてみる。書いているうちに日付変更線を過ぎたから昨日の日記だけど、最後まで書いてみる。

今日は三連休の最終日。録画した「アイドル事変」、「銀魂」などを見てから、本屋に行く。谷川俊太郎、高村幸太郎、金子光晴などの詩集、山頭火句集、穂村弘の歌集、現代詩手帖などを買う。

家に帰ってから、買った本を読み、食事をし、PS4の「バッドフィールド1」をやり、風呂に入り、シティーハンター劇場版のフランス版DVDを見て、「100分de名著」の中原中也詩集第1回の放送を見て、ツイッターに超短編小説と短歌を投稿した。今は日記を書いている。
最近短歌、俳句、詩にはまっている。旅先で詩や歌が書かれた石碑を見て、ドナルド・キーンや小西さんの日本文学史の本を読んで、和歌を読めるようになった。短歌、俳句、詩は、短文を得意とするスマホ文化と相性がいい。スマホのコミュニケーションになれると、長文を読むのが苦になってくる。

短歌や俳句や現代詩は自費出版が当たり前に行われている。本を出しても他の仕事を続けている人が多い。食えないからだ。現代社会で需要がそれほどないからだ。文章が多くないため、原稿料が少ないからだ。

小説家になろうとする人は、新人賞の倍率に苦しんでいる。新人賞を受賞しても、エンタメでも文学でもほとんどの新人はデビューまもなく沈んでいくという。本が売れない、ああ大変だという声をよく聞くけど、短歌、俳句、現代詩の世界は、小説世界の未来図のようだった。詩のギョーカイに比べたら、小説のギョーカイはよっぽど恵まれている。

脚本家になりたい人も大勢いる。脚本の賞を受賞しても、企画が全然通らず、苦しむ人がいる。どこの世界も同じ。一部の人気作家が大量にお金を稼ぐ。ほとんどの人は書いても書いてもお金にならない格差社会。

新人賞だけがデビューの道じゃない。インターネットで人気になって、出版という道もある。だがしかし、ネット経由のデビューもごく一部の狭き門。ほとんどの書き手は見向きもされない。

ごく一部の人気ある人、才能の突出した人に資本が集まるのがネット社会だ。それは、資本の面から見た話で、自由の面から見てみれば、誰もが自由に表現活動できるネットは、自由の楽園に見える。格差が広がるディストピアか自由が広がるユートピアか、自分の価値をどこにおいているかで、現在の見え方が変わる。

何でもしていいとしたら、何をするのか。自分は明日から何を書いていくのか。ロールモデルにするのは、松尾芭蕉のあり方だ。俗を離れて、後に俗に帰ること。

ビジョンを述べていても始まらない。ビジョンと作品はかい離することがある。日記の最後では、その日にアウトプットした作品を並べてみよう。

【今日作った短歌】
アメリカはスーパーリッチが支配する 日本の場合は官僚機構
イケメンの人工知能と恋したい 絵馬に見つけた未来の願い
正月の広告終わると思ったら 今度は恵方巻が出てきた

【今日作った自由律俳句】
信号機は逆行する車を見て泣く
才能のなさを認めてから始まる

【今日作った超短編小説】
牛肉を焼こうとしたら間違えて牛を焼いてしまった。本を読もうとしたら間違えて人間をまるごと読んでしまった。 家に灯りをつけようとしたら間違えて原発を作ってしまった。小説を書こうとしたら間違えてツイッターを使ってしまった。

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山頭火句集 (ちくま文庫)
種田 山頭火 村上 護
筑摩書房 1996-12

尾崎放哉全句集 (ちくま文庫) 放哉と山頭火: 死を生きる (ちくま文庫) 山頭火随筆集 (講談社文芸文庫) 尾崎放哉句集 (岩波文庫) 山頭火のぐうたら日記 新装版 海も暮れきる (講談社文庫) 井月句集 (岩波文庫) 子規句集 (岩波文庫) 山頭火句集 (山頭火文庫) 漱石俳句集 (岩波文庫)

by G-Tools , 2017/01/10



さて、日記をブログにアップしてみると、半年前に書いた日記カテゴリーの記事のリンクが表示された。当時書いていたことを全然守れていない。一つ続けられたことがある。書くことだ。ブログを更新していなくても、言葉を読み、言葉を書いてこれた。書くぞと宣言する必要もなく、だらだらと、ずっと。これからも書く、宣言する必要もなく。
posted by 野尻有希 at 00:17 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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