2007年07月16日

書評:小熊英二『日本という国』

第一部は「明治日本のはじまり」ということで、近代学校教育制度がどのように造られていったかが語られる。こちらは学生向けに書かれているのがよくわかって、理解しやすい。

第二部は「戦後日本の道のりと現代」ということで、敗戦後の日本がどういう道のりを進んだのか、アメリカのアジア戦略との関係を中心に語られる。こちらは第一部と様変わりしたかなりつっこんだ内容で、まるで別の本を読んでいるような印象を受ける。この本は「よりみちパン!セ」という教養新書のシリーズものなので、おそらく第一部はシリーズの類書の形式にそって書かれたものだろう。一方第二部の内容は、著者がシリーズを逸脱してまで、自己の深みを露呈したものだと考えられる。

第一部では福沢諭吉の思想から語られる。「天は人の上に人を造らず」という言葉だけが一人歩きしているが、著者はその前後に並べられた言葉や、時代背景を考慮して、福沢の平等思想を考えるよう読者にすすめている。すなわち、「天は人の上に人を造らず」という言葉は、みなが平等だということの証ではなく、生まれながらに身分が固定されている封建社会は終わっているということの宣言であり、どんな生まれの人でも努力すれば階級を飛び越えられるということの宣言なのである。

人類みな平等などというのは極端な理想主義で、実際差異は存在するという怜悧な見方があるだろうが、実のところ人類みな平等というのは、誰もが平等だと言っているわけでなく、人種や出身地や親の職業によって自己の一生が決まることはなく、本人の意思と努力次第で親とは全く違う人生を歩むことができるということを表しているに過ぎないのかもしれない。そう思うと何だそんなことかとあきれてしまうけれど、封建社会とは明らかに違う。

第二部では太平洋戦争敗戦後の日本とアメリカの関係がつづられる。最初は、平和と自由民主主義の実験場として日本国家は作られようとしていたのに、朝鮮戦争が起きたことで事態は変わる。アメリカにとって日本は共産主義との思想戦争の前線基地になる必要がでてきた。そこでアメリカは戦略を変えて、日本の武装を認める。自分たちで作った平和憲法が日本の武装、すなわち日本のアメリカへの戦争協力に厄介だとわかると、すぐに占領政策を変えてしまう。ここらへんのアメリカの変わり身は現実的で実に見事なものだと感心してしまうが、貧しい敗戦国となるはずだった日本は朝鮮戦争のおかげで高度経済成長を迎える。冷戦があるかぎり、日本はアメリカのアジア戦略の要として成長し続ける。著者はバブル崩壊と冷戦の終焉を結びつけて論じている。通常経済学関係の本を読んでも、社会学関係の本を読んでも、バブル崩壊と冷戦の終焉を結びつけて語るものは少ないのだけれど、この本くらい歴史的に日米の親密な関係を綴られると、それも尤もなことだと思えてくる。

何故90年代になって歴史認識問題や従軍慰安婦問題が突然持ち上がったような形となったのか。著者は冷戦の終結をその原因として求める。それまでアジア諸国は独裁政権の支配化にあったため、なかなか日本批判を言えなかった。独裁政権はアメリカの支援のもと成り立ったものが多い。何故独裁政権が許容されるかというと、ソ連による共産化が阻止されれば、独裁政権でもよかったのだ。むしろアメリカにとっては独裁政権の方がコントロールしやすかったといえるのかもしれない。共産主義に対する強い壁ともいえる独裁政権も冷戦の崩壊とともに必要なくなったため、発言の自由が増した国々では当然のように日本批判が噴出す。そこに油を注ぐように首相による靖国参拝が行われる。靖国参拝を何故ブッシュ政権は批判しないのか。内田樹は「街場のアメリカ論」の中でその理由を、日本がアジアと団結してアメリカとは無関係な地域共同体を建設したら、アメリカにとって不利益となるためだと指摘している。この指摘は有効だが、では何故従軍慰安婦問題を最近のブッシュ政権は批判しているのか、矛盾するようにも感じられる。

さて、最後まで読んで理解されるのは、日本とアメリカがいかに密接に結びついているかということである。カナダもアメリカ並みに大きいけれど、私はカナダについてよく知らない。アメリカなら音楽、映画、マクドナルド、コカ・コーラ、たくさん知っているけれど、カナダの企業や文化や思想についてはよく知らない。アメリカは日本だけでなく世界中に軍隊を展開しているし、文化と商品を輸出し続けている。世界中に戦略を張り巡らしている。これでは露骨な人権侵害のない、ローマ帝国ではないか。

photo
日本という国
小熊 英二
理論社 2006-04
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star文化祭のテーマにお勧め
starギリギリのところでクオリティ維持
star外交や安全保障のニュースを理解するための基礎知識
star子供向にうまく仕掛けられた罪悪感の罠を知る功著

若者殺しの時代 〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性 だれか、ふつうを教えてくれ! (よりみちパン!セ) いのちの食べかた 絵本屋の日曜日

by G-Tools , 2007/07/16


posted by 春昼 at 21:33| Comment(0) | TrackBack(2) | 書評(旧ブログ掲載分) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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