2011年12月24日

書評:リヴィオ『神は数学者か? 万能な数学について』

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神は数学者か?: 万能な数学について
マリオ リヴィオ Mario Livio
早川書房 2011-10-21

黄金比はすべてを美しくするか?―最も謎めいた「比率」をめぐる数学物語 洗脳論語 越境する脳: ブレイン・マシン・インターフェースの最前線 アファメーション 君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する

by G-Tools , 2011/12/24



ポピュラー・サイエンスの本。
数学、数の概念は人間が考え出したものなのか?
それとも、人間が考える前から世界に存在したのか?続きを読む
タグ:書評
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2011年04月30日

自然科学書評:渋滞学の西成活裕著『とんでもなく役に立つ数学』

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とんでもなく役に立つ数学
西成活裕
朝日出版社 2011-03-19

シゴトの渋滞、解消します! 結果がついてくる絶対法則 計算力の基本 数学的思考の技術 (ベスト新書) 傑作! 物理パズル50 (ブルーバックス) やり直し教養講座 英文法、ネイティブが教えるとこうなります (NHK出版新書 346)

by G-Tools , 2011/04/30



数理物理学、渋滞学が専門の著者による、数学を現実社会で役立てるための入門書。以下要点のまとめ。

・数学とは何か。数学とは公式である。公式とは論理である。「AだからB、BだからC、CだからD」が、論理。「AだからB」の段数が増えていくと、だんだん複雑になってくる。テレビでは、「AだからB」一段で簡単に説明することが求められる。数学ができる人は、「AだからB」の階段を一万段くらい耐えられる。論理の階段1個1個を非常に正確に登っていける。続きを読む
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2011年04月11日

書評:ブラックリッジ『ヴァギナ・女性器の文化史』

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ヴァギナ 女性器の文化史
キャサリン・ブラックリッジ 藤田 真利子
河出書房新社 2005-12-16

ヴァギナの文化史 ペニスの文化史 女性器の秘密 女性器200大解剖図鑑 BREASTS 乳房抄/写真篇

by G-Tools , 2011/04/11



女性科学ジャーナリストの著者が、タブーとされてきた女性器の謎を幅広い文献、資料調査をもとに描き出した本。以下印象的だった箇所のまとめ。

・ヴァギナは歴史上様々な誤解を受け、科学的に無視されてきた。続きを読む
タグ:書評
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2011年04月09日

書評:ベイカー『精子戦争―性行動の謎を解く (河出文庫)』

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精子戦争---性行動の謎を解く (河出文庫)
ロビン・ベイカー 秋川 百合
河出書房新社 2009-12-04

なぜ美人ばかりが得をするのか 女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化 愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史 人はなぜ恋に落ちるのか?―恋と愛情と性欲の脳科学 (ヴィレッジブックス) 「運命の人」は脳内ホルモンで決まる!

by G-Tools , 2011/04/09



『精子戦争』は、科学的な研究調査によって、人間の日常の性行動を解釈し直したポピュラー・サイエンスのベストセラー。震災後の日本では、不謹慎と受け取られかねない内容だったので、書評掲載を自粛していたけど、福島原発が終息するまで数年から数十年かかる見通しなのでw、書評をあげる。以下印象的な箇所のまとめ。

・女性の体が、二人以上の男性の精子を取り込むと、それぞれの精子は、卵子を受精させるために競って闘う。
・精子は一種類ではなかった。競争相手の侵入を阻む「ブロッカー」、競争相手を殺そうとする「キラー」、卵子めがけて突入する全体の1%にも満たないエリート集団「エッグ・ゲッター」など、様々な役割を持った何億もの精子たちは、たった一つの精子が卵子に突入するまで、戦争を繰り返す。続きを読む
タグ:書評
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2011年01月23日

書評:ガザニガ『人間らしさとはなにか?―人間のユニークさを明かす科学の最前線』

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人間らしさとはなにか?―人間のユニークさを明かす科学の最前線
マイケル・S. ガザニガ Michael S. Gazzaniga
インターシフト 2010-02

共感の時代へ―動物行動学が教えてくれること 知覚は幻 ラマチャンドランが語る錯覚の脳科学 (別冊日経サイエンス 174) こころと脳のサイエンス01(別冊日経サイエンス170) (別冊日経サイエンス 170) こころと脳のサイエンス02 (別冊日経サイエンス 173) デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳 (ちくま学芸文庫)

by G-Tools , 2011/01/23



脳科学者による人間らしさの探求本。以下印象的な箇所の紹介。

<芸術の起源>
美は特別性を持たせる。集団を他集団と差別化する。特別な何かを持つ集団は、その特別製を目印にして、団結する。団結した集団は、生存可能性が高まる。続きを読む
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2010年09月19日

自然科学書評:『一万年の進化爆発 文明が進化を加速した』

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一万年の進化爆発 文明が進化を加速した
グレゴリー・コクラン ヘンリー・ハーペンディング 古川奈々子
日経BP社 2010-05-27
おすすめ平均 star
star進化のスピードは思ったよりも速かった
star進化のスピードは思ったよりも速かった
starたいへん示唆的である。だが…
star人類史と人類の進化について、初めての視点に着目した本
star大胆かつ冷静、最新遺伝学に基づく仮説。よくぞこのテーマで、感嘆の一冊です

日本人ルーツの謎を解く―縄文人は日本人と韓国人の祖先だった! 地球最後の日のための種子 華麗なる交易 ― 貿易は世界をどう変えたか 言葉はなぜ生まれたのか 土の文明史

by G-Tools , 2010/09/19



生物学は、優生思想が巻き起こした20世紀の悲劇を経験して、人種の間に差はない、現生人類は進化が止まっているという学説を主流においた。著者は主流学説に反して、現在も人類は進化し続けているとする。以下印象的な箇所のレジュメ。

・植物や動物は、残したい形質を選択的に遺伝させることで、品種改良できる。品種改良は数世代で簡単に行えるし、進化の一種である。つまり、進化は数世代という短期間でも起きる。続きを読む
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2010年07月05日

書評:『書きたがる脳 言語と創造性の科学』

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書きたがる脳 言語と創造性の科学
アリス・W・フラハティ 茂木 健一郎 吉田 利子
ランダムハウス講談社 2006-02-03
おすすめ平均 star
star書くことはナニに似ているか(脳的な意味で)
star孫引きに使おう

脳の中の小さな神々 今、ここからすべての場所へ カラヤン Herbert von Karajan ―音楽が脳を育てる (CD付き:茂木健一郎選曲 脳を育てる名曲11曲58分) 脳と創造性 「この私」というクオリアへ 笑う脳 (アスキー新書)

by G-Tools , 2010/07/06



ものすごく書く作家がいる。ドストエフスキーとか、SF小説家のアシモフとか。そうでなくとも、大量に書く人が、ネットの世界にはたくさんいる。何故人は大量に書きたがるのか。『書きたがる脳』は、その秘密を科学と文学の両面から探った書。著者個人の私的経験を交えながら、文学と科学を混ぜて書くこういう書物の形態は、「ロマンティック・サイエンス」というそうだ。続きを読む
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2010年06月29日

書評:茂木健一郎『脳の中の小さな神々』

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脳の中の小さな神々
茂木 健一郎
柏書房 2004-06-25
おすすめ平均 star
star茂木先生の考え方に近づきたいと思うようになってしまいました
star・∀・)ふんふん
starクオリア入門書
star脳の中の小人の話がちょっと新展開
starウーン

脳と創造性 「この私」というクオリアへ 脳内現象 (NHKブックス) 意識とはなにか―「私」を生成する脳 (ちくま新書) 心を生みだす脳のシステム―「私」というミステリー (NHKブックス) やわらか脳―茂木健一郎「クオリア日記」

by G-Tools , 2010/06/30



インタビュー形式で、テレビにも出まくりの脳科学者茂木さんが、脳科学の最先端を語る本。以下印象的な箇所抜粋のレジュメ。

・脳科学は他の諸科学に比べて急速に発達している注目分野のように思えるが、専門的な観点からすると限界がある。続きを読む
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2010年06月20日

自然科学書評:福岡伸一『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』

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動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか
福岡 伸一
木楽舎 2009-02-17
おすすめ平均 star
star生命の営みの理解の整理に最適
star放談と割り切れば面白い
star不二
star生命について、自分で考えるためのよい材料をもらいました。
star残念

世界は分けてもわからない (講談社現代新書) 生物と無生物のあいだ (講談社現代新書) 生命と食 (岩波ブックレット) 爆笑問題のニッポンの教養 生物が生物である理由 分子生物学 (爆笑問題のニッポンの教養 11) できそこないの男たち (光文社新書)

by G-Tools , 2010/06/20



『生物と無生物のあいだ』がベストセラーになった分子生物学者福岡伸一によるエッセー集。以下面白かった箇所のレジュメ。続きを読む
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2010年06月17日

書評:ワトソン『思考する豚』

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思考する豚
ライアル・ワトソン 福岡伸一
木楽舎 2009-10-26
おすすめ平均 star
starとてもためになりました。
star「豚のことがわからないものを大統領にしてはいけない。」
starファーブルの昆虫記ならぬ、豚の観察研究記録。そして訳者は、あの福岡伸一さん。

エレファントム 象はなぜ遠い記憶を語るのか 雑食動物のジレンマ 上──ある4つの食事の自然史 いのちの教室 雑食動物のジレンマ 下──ある4つの食事の自然史 ルリボシカミキリの青

by G-Tools , 2010/06/17



ワトソン最晩年の著作は、豚について。『生物と無生物のあいだ』の著者福岡伸一が翻訳を担当。続きを読む
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2010年04月11日

書評:『リスクにあなたは騙される―「恐怖」を操る論理』

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リスクにあなたは騙される―「恐怖」を操る論理
田淵 健太
早川書房 2009-05-22
おすすめ平均 star
starリスクに対する人の行動。論理的な検証
starリスクの本質
starこれは認知心理学の本です。
star指摘はするどいのですが・・・
star翻訳本にしては読みやすい

ブラック・スワン[下]―不確実性とリスクの本質 ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質 人でなしの経済理論-トレードオフの経済学 アニマルスピリット 10万年の世界経済史 上

by G-Tools , 2010/04/11



オリンピックではドーピング検査が何度も行われる。薬物摂取による運動能力強化は、人体に危険であると言われるが、著者はスキーのエアリアルなど一部オリンピック競技の方が、ドーピングよりも人体に損害を与える確率が高いと指摘する。9.11事件後、アメリカの人々は飛行機に乗るのは危険だと思って、車で長距離移動するようになった。現実ではテロにあう確率、飛行機事故にあう確率より、自動車事故にあう確率の方が、はるかに高い。しかし人々は、ニュース映像に恐怖して確率計算を誤り、自動車を利用した。当然の結果として9.11後、全米で自動車事故死する人が急増した(しかし、メディアはこれをニュースとして伝えず、テロの危険を煽り続ける)。
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タグ:書評
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2010年01月06日

2009年12月14日

書評:『からだの一日―あなたの24時間を医学・科学で輪切りにする』

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からだの一日―あなたの24時間を医学・科学で輪切りにする
Jennifer Ackerman
早川書房 2009-10
おすすめ平均 star
star科学と実用のバランスが取れた良書

災厄の紳士 (創元推理文庫) 雑食動物のジレンマ 上──ある4つの食事の自然史 チッチと子 ソウル・コレクター 夢が勝手にかなう脳 (講談社BIZ)

by G-Tools , 2009/12/14



医学、生物学等最新科学の研究成果を元に、人間の体が、24時間の各時間でどのような機能を果たしているのか語るポピュラー・サイエンス書籍。というわけで、久々に自然科学系の書評です。続きを読む
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2009年03月15日

書評:ノーレットランダーシュ『気前の良い人類―「良い人」だけが生きのびることをめぐる科学』

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気前の良い人類―「良い人」だけが生きのびることをめぐる科学
Tor Norretranders 山下 丈
アーティストハウスパブリッシャーズ 2004-07

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

by G-Tools , 2009/03/15



ダーウィンの自然淘汰の学説では、説明しきれない自然現象、社会現象がたくさんある。何故人は他人に対して気前よく振舞うのか、他人の面倒を見たり、愛情を振りまえたりするのか。生物は生存競争だけしていればよいのだとしたら、動物たちの間にもよく見られる気前のよい振舞いは不要である。著者はここで、ダーウィンが自然淘汰とともに注目したが、社会ダーウィニズムの通説では忘れられた性選択の理論に注目する。

生物は自然淘汰と性選択の両方を同時に行っている。生存競争しつつ、異性に持てるための行動も行っている。自然淘汰の観点から見れば、気前のよい振る舞いは、競争相手の利益になる行動だから、本来すべきではない。しかし、性選択の観点からすると、気前のよい振る舞いは、この人には自分以外の、子どもを含めた家族を養っていくだけの余裕があると異性に思わせるから、必要な行動だ。性選択の観点からすれば、競争意識過剰で他人を蹴落とすことに躍起な人は、自分が生き残ることのみに精一杯で、子どもや家族を養い育てるのにふさわしくないのではないかと批判される存在にもなる。ダーウィンが気づいていたように、生物には生存競争と性の競争、二つがあり、両者の価値観は矛盾するのだが、生物には不可欠な矛盾なのだ。ということが、本の中で語られている。
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2009年02月21日

書評:カウフマン『自己組織化と進化の論理』

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自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則 (ちくま学芸文庫)
Stuart Kauffman 米沢 富美子
筑摩書房 2008-02-06
おすすめ平均 star
star深淵な哲学とベタな論文
starワクワクすればよい
star複雑系の第一人者が語る自己組織化
star科学する心

Investigations 自己組織化とは何か―生物の形やリズムが生まれる原理を探る (ブルーバックス) ディラック現代物理学講義 (ちくま学芸文庫) 複雑系入門―知のフロンティアへの冒険 カオスから見た時間の矢―時間を逆にたどる自然現象はなぜ見られないか (ブルーバックス)

by G-Tools , 2009/02/21




ダーウィンの自然淘汰、突然変異による進化論だけでは説明できない、自然現象における自己組織化の仕組みを取り上げた本。複雑系といえばカウフマンであり、この本。

何が一番面白いのか。生き物として、わくわくしてくるのか。

それは、秩序とカオスがめぐりあう場所。

めざすは秩序と混沌がせめぎあう、カオスの縁。ぎりぎりの限界領域。

秩序とカオスの交錯。


文学の領域から始めて、エンターテインメントと文学の境界線ぎりぎりまで推し進めようと思って書いていくこと。

何もかもが、学問と娯楽のカオスの縁ぎりぎりに向けて猛突進しているイメージで、全ての記事を複雑怪奇に紡いでいくこと。
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2008年08月03日

書評:ウェイド『5万年前―このとき人類の壮大な旅が始まった』

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5万年前―このとき人類の壮大な旅が始まった
ニコラス・ウェイド
イースト・プレス 2007-09
おすすめ平均 star
star読みやすい
starどこまで信頼して良いのか
star面白い

人類の足跡10万年全史 5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン 日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造 (NHKブックス 1078) 人類進化の700万年―書き換えられる「ヒトの起源」 (講談社現代新書) DNAから見た日本人 (ちくま新書)

by G-Tools , 2008/08/03



ヒトゲノム計画の成果をもとに、原生人類の祖先集団の生態を綴った一般向け自然科学書。現生人類はアフリカ大陸に起原を持っており、たった150人の集団が、アフリカ大陸から世界中に向けて旅立った。ネアンデルタール人など先にアフリカ大陸から各地に散っていた古代人類と戦い勝利してきた現生人類。現在の全ての人のDNAは、5万年前アフリカ大陸出自の集団に帰属するという。

5万年前の生態分析よりも、その後の人類発展史の方が面白かった。一つの言語をみんなが話せば、便利そうなのに、何故多言語になり、方言が生まれるのか。言語は、仲間を見分けるキーになるという。自分たちと言葉遣いがちょっとでも違えば、敵。言語が一つになることはこれからもないだろうと思えた。

宗教も言語同様、人間集団を統合し、かつ敵の集団を見分けるキーになる。自分たちと同じ神を信仰していなければ、彼は集団にとって異質であり、敵としてマークする対象になる。故に宗教が一つになることもまた難しいと思える。
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2008年03月09日

書評:『ミトコンドリアが進化を決めた』レーン著

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ミトコンドリアが進化を決めた
ニック・レーン 斉藤 隆央
みすず書房 2007-12-22
おすすめ平均 star
star上質なミステリー小説を読むようである
star進化
star生命の本質を知るためにおススメの本
starニック・レーンの話題の翻訳書

生と死の自然史―進化を統べる酸素 感染地図―歴史を変えた未知の病原体 恐竜はなぜ鳥に進化したのか―絶滅も進化も酸素濃度が決めた ミトコンドリアのちから (新潮文庫 せ 9-5) 迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか

by G-Tools , 2008/03/09



たかがミトコンドリアの本と思うとあなどられる。ミトコンドリア研究を含めた生物学の最新研究成果を元に、学校で教えている生物学の常識が次々と疑問にふされていく。

ミトコンドリアが生命体の遺伝、真核細胞生物の誕生、進化、性、老化に決定的な役割を与えていることが論証されていく。ただし、出版元がみすず書房ということもあってか、前半は細胞の仕組みにまつわる分子生物学の専門用語が多く、非常に読みやすい早川書房や草思社のポピュラー・サイエンス書籍よりは、読むのに骨が折れる。しかし読了後は、ミトコンドリアについて知らないでおくのは実にもったいないことだと思える、知的刺激に溢れる本だ。

情報技術の発展によって生物、物理の研究は飛躍的に進歩を遂げた。最前線では、私が高等教育までに教えられてきた生物学の常識などは、ほとんど反駁されかねない様な事態である。ただし、生物学的アプローチでは、言葉を話せるようになった後の人類の社会形成史、歴史については多くの新発見ができないようである。やはり人間理解には人文科学が必要だ。自然科学にくらべて人文科学はどうも歩みが遅いと嘆きたくなってくるけれど、よくよく考えると、人文科学、社会科学の最前線の研究内容も、高等教育で教えている授業内容とは相反するものが多数みられる。近代以降の学問とは常にそうした生成発展のダイナミクスにおおわれたものなのだろう。日本史も世界史も、日本文学も世界文学も、通説をくつがえす、新発見が続出しているだろう。ゲーデルの不完全性定理は、学問の最前線の動きでも証明されている。新しい現象の発見によって通説に疑問が投げかけられ、今までとは全く異なる理論が打ち立てられるようになる。知の営みは決して完成にいたらないけれど、いたらないからこそ、どこまでも多様性が拡散する。


我々の細胞の中にミトコンドリアという構成物があることは、高校の生物の授業でも教えられている。ミトコンドリアも核と同じようにDNAを持っていること、そのDNAは主に母からのみ伝わること、精子からは子どもにミトコンドリアのDNAが伝わらないこと(例外もある)がこの本を読んでわかった。ミトコンドリアのDNAを解析すれば、母方の先祖の系譜をたどることができる。こうしたミトコンドリアの遺伝特性ゆえに、ロシア帝国最後の皇帝の遺体が本人かどうかとか、捕獲したフセインが影武者でないかどうかとか、人類共通の祖先である最初の女性、ミトコンドリア・イブはどの大陸に、何万年ほど前に生きていたかなどが解析された。ミトコンドリアの研究は、ヒトゲノムの研究をするよりも、はるかに広大で複雑とのことである。

一つの真核細胞の中に数百匹いるというミトコンドリア。なぜ「匹」という表現を使ったかと言うと、ミトコンドリアはもともと、私たちとは別の生物だったようだからである。つまり、原初の時代、細菌であった私たちの細胞の中に、別種の生物であるミトコンドリアが入りこんできた可能性が高いというのである。かつては別の生物だったミトコンドリアが、私の細胞と共生している。こう思うと愉快な気持ちになってくる。生物の授業で細胞の構成物と教えられてきたいろいろな物体、あれは実はみな私の外にいた生命体であり、進化の過程で私の体の中に入ってきたのではないか。

この本が面白いのは、進化の重要なトリガーとして、ミトコンドリアを語る点である。ミトコンドリアは酸素を吸収して、エネルギー、熱を作り出す。私たち真核細胞生物のほぼ全てはミトコンドリアを細胞の中に持っている。ミトコンドリアが生み出してくれるエネルギーと熱がなければ、真核生物は細菌の小ささからここまで大きく発達できなかったのだ。なぜミトコンドリアが私たちの中に入ってきたのか。ミトコンドリアは酸素を必要とする好酸素生物である。哺乳類にとって酸素は必要だが、海に住むなどする多くの生物にとっては、酸素は生命を破壊する協力な毒である。また、酸素濃度が地球に上昇する以前、ほとんどの生物は酸素を嫌う生物であった。ここにミトコンドリアと私たちとの共生の鍵がある。つまり、好酸素生物であるミトコンドリアが、酸素があっては死んでしまう細菌の中に入ってきたことによって、はじめて細菌は酸素がある環境でも生き延びることができるようになったのだ。ミトコンドリアにとっても細菌の中で暮らすことは、身の安全と、遺伝子を残すために有意義なことであった。いや、進化論は目的、戦略で語るものでない。ミトコンドリアと共生することにした細菌が、大きく発達し、真核細胞生物として多様な進化を遂げたというのが、進化論の枠組みで語れることなのである。そこに目的も戦略もない。そうした選択をした生物が、生き残っただけなのだ(もちろん共生の道を選択しなかった細菌は現在でも細菌のまま、地球上に数え切れないほど無数に繁殖している。むしろ地球上最大最強の生命体は、細菌かもしれないくらいに)。

私たちの愉快な共生者、ミトコンドリアが私たちの死をも決定しているとしたらどうだろう。細胞が生きるか死ぬか、その判定はミトコンドリアが行っているという。ミトコンドリアは生命活動の維持に役立たなくなった細胞に対して、死ぬよう命令を与える、というか細胞内のミトコンドリアがエネルギーを生み出すのをやめるから、細胞が死ぬことになる。死の決定権を元は私たちと別の生物だったと考えられるミトコンドリアが持っているというのは、いささか怖い話だが、元は別だったかもしれないからこそ、ミトコンドリアは巧く判断できるとも考えられるのだ。ミトコンドリアは生命体の維持に不適切と判断した、自分勝手に活動する細胞に死ぬよう命令する。これはなんだか犯罪者に死刑を宣告する裁判官みたいな役割だが、がん細胞は、ミトコンドリアが死ぬよう命令できなくなった細胞なのだという。がん細胞をミトコンドリアが破壊できないからこそ、全体としての生命活動が破壊されてしまう。ミトコンドリアは、新陳代謝および老化現象の要なのである。生命活動とは、共生だ。共生するには、妥協と協調精神が必要だ。

生命体のエネルギー供給をつかさどるミトコンドリアは、多くの生命体がなぜオスとメスという2つの性を持っているかの、また生命体の性は2つだけしかないのが主流なのかの原因にもなっているという。自分の遺伝子とそっくり同じ遺伝子が子孫に受け継がれるとする場合、自分の子孫は、自分が死ぬような状況に遭遇すると、自分と同じように死んでしまう。自分と別の遺伝子構造を持つ誰かの遺伝子の2つから、子孫が作られるとしよう。その子孫は、自分とは持っている情報、体の仕組みが違うから、自分が死ぬような状況に遭遇しても、生き延びる可能性がある。生命体の組み合わせは多様であればあるほど、遺伝子が存続する確率は高まる。ならば、2つと言わず、3つも4つも性があった方が、組み合わせが増えていいのではないかと思えるけれど、ここでミトコンドリアがボトルネックとして生殖に関わってくる。

細胞核とミトコンドリアは別々のDNAを持っている。自分自身のミトコンドリアと核のDNAですでに1セット組み合わせがあることにある。合体するほうの精子か卵子にも、ミトコンドリアと核のDNAが入っているとすると、組み合わせは2×2で4通りとなる。ミトコンドリアと核が相性よく働くかは、DNAの情報で決まる。相性の悪い組み合わせとなったら、ミトコンドリアが機能しなくなる。故に通常は母方のミトコンドリアのDNAだけが子どもに残り、父方は核のDNAのみを子に伝えることになる。こうすれば、相性のよかった核とミトコンドリアの組み合わせを子孫に伝えることができる。では、もしも、3つの性によって、生殖が行われるとしたらどうか。この場合でも、核のDNAは3種類全て子に伝わるが、ミトコンドリアのDNAは1つのみ子に伝わるとしよう。ミトコンドリアのDNAと、3つのうち1つの核DNAは相性よく働くが、他の2つの核DNAとミトコンドリアが相性よく協働できるかはわからない。

単一生殖は多様性を喪失することになるが、組み合わせが多すぎると、せっかくの生存に適した情報構成が、子孫に伝わらないかもしれないという問題が生じることがよくわかった。また、生殖前には、相性のよさを確かめる行為が通常もたれるが、この交際期間の必要性がよくわかった。2人の相性のよさを確かめるのも難しいのに、3人でまとまって暮らしていくのは難しい。共生する4人が4人とも相性よいと言う状態は、なかなかないだろう。こうした議論は遺伝子決定論と批判されうる。相性の悪い組み合わせでも、話し合って関係を構築したら、平和を築けるだろうし、一見相性の悪い組み合わせから、予想外の変異が生まれる可能性もあるため、持ち前の相性で全てを決め付ける必要はない。学説はいつでも新発見によってくつがえされうる。続きを読む
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2008年03月03日

書評:『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』情報理論、ゲーデル、創発

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ユーザーイリュージョン―意識という幻想
トール ノーレットランダーシュ Tor Norretranders 柴田 裕之
紀伊國屋書店 2002-09
おすすめ平均 star
starお見事
star科学と意識を傲慢さから解放する!
star一番印象に残った文章は・・・

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡 マインド・タイム 脳と意識の時間 自我が揺らぐとき―脳はいかにして自己を創りだすのか 自由は進化する Making Things Talk

by G-Tools , 2008/03/03



情報理論と意識の問題について扱った一般向け科学書。著者は世界一幸福な国で知られる高福祉国家デンマークの人である。同書はデンマークでベストセラーとなり、欧米各国でも翻訳され、好意的に迎えられている。複数分野にわたる博識が展開する素晴らしく知的な本だ。

前半ではマクスウェルの悪魔、ゲーデルの不完全性定理、シャノンの情報理論が語られる。情報理論は熱力学から転用したエントロピーという概念をもちいる。エントロピー度が高い段階では、情報量がたくさんある。一見して無秩序に見える。エントロピーが少ない場合は、情報も少ないから秩序だってみえる。人間は直感的に秩序がある様子を情報と認識するが、情報理論は、無秩序で膨大な様子をエントロピーが高いと定義する。

シャノンの情報理論に対してベネットは別の見方を定義する。論理進度という考えだ。情報が持っている意味の深さを決めるのは、情報量の多さ、メッセージの長さでなく、メッセージ発信前に行われた作業の量、どれだけ情報を捨てたかによってはかられるという。送り手がどれだけの情報を整理したか、メッセージを仕上げるのにどれだけ苦労したかによって、メッセージの持つ意味の深さ、論理深度が決まる。これは直観に照らしてみても納得できる考え方である。情報が少ない、エントロピーが少ないだけでは、単一で意味のない薄い情報となる。よく咀嚼、整理された情報、膨大な量の中から重要な部分だけ抜き出され、それ以外の部分は削除された情報こそ、価値ある深い情報となるのだ。

「シャノンの理論による情報量は、驚きや予測不能性や意外性の尺度だった。対象物の深さは、それが生み出される過程で処分された情報量を表す。とすれば、深さとは、対象物が過去にどれだけの驚きを経験したかの尺度と言える」(p120)

「私たちの興味をそそるのは、歴史を持つもの、つまり、閉じて動かぬことによってではなく、外界と相互作用を行い、途中で大量の処分をすることによって長い間、存続してきたものだ。」(pp257-258)

ここで情報理論に意識の問題が接続される。私たちの意識に上る情報は、整理された後の秩序だった経験でしかない。自分は膨大な経験をしているが、意識に上るのは経験のうちのほんの一部である。後のほとんどは捨てられる。つまり、意識とは情報化過程であり、私とは幻想なのだ。

著者は生身の世界と接触している自分の経験が大切だという。優れた芸術家は私の意識をなくして、自分の表現を行う。自分の表現にこそリアリティーがある。仕事に打ち込みすぎる結果、意識が機能しなくなると、超人的な状態に入る場合がある。スポーツではこの状態をゾーンというし、芸術表現の状態でもある。膨大な情報の過剰流入が過負荷を起こして、意識の働きを弱めた結果、生のリアリティーが前面に押し出してくるのだ。現代では情報はどんどん整理され、現実が捨象されている。パソコン仕事ははなはだ疲れるが、これは情報量がありすぎるからでなく、自然に比べて、情報が少なすぎるためなのだという。納得だ。


同書の中では、ゲーデルの不完全性定理について肯定的に書かれている。ゲーデルは20世紀初頭の代表的数学者ヒルベルトが持っていた、人間は全ての問題を解決できるという楽観的信念を覆す定理を見つけた。システムの内部にいるかぎり、解決不能な問題があることをゲーデルは証明した。ゲーデルの発見した不完全性定理は、人間の知的活動に限界を課すものだろうか。著者は違うという。

全ての事象は数学的な論理の智慧で把握可能であるというのが、ヒルベルト的数学観である。たいしてゲーデルは、カント、とりわけプラトンの考え方に近い。人間には知りえない知、事象の領域がある。イデアの世界だ。ゲーデルは、知りえない領域について肯定的、哲学的に語ることはせず、我々が今持つ知識では、知りえない領域が存在することだけを数学的に証明した。

論理的証明の積み重ねでは知りえない領域はしかし、天才的直観によって一気に到達できる。現在ある知のレベルの一つ上のレベルまで上がれば、下のレベルで起きる現象については、全て論理的に証明することができる。だがしかし、人間が知りうる事象の領域の上限はどこなのか、人類は知ることができない。結局、天才的直観による突破によって知りえたレベルまでしか、人間は知ることができない。天井がどこかは決して分かりえないのだ。次の天井が見つかった瞬間、知の天井はあがるのだ。

ゲーデルの不完全性定理からは、人間は万物の統一理論を決して作りえないという結論がえられる。世界の全てについて完璧に把握する理論は創れない。知りえない領域について知ることができれば、理論は拡張する。

人間が発見する新しい事象がある限り、理論はどこまでも拡大し続ける。同時に、新発見の現象によって、人間が組み立てた理論はいつでも破綻する運命にある。知の破綻と新発見は人間が生きている限り、いつまでも続くのだ。

現在の科学をひっぱっているキーワードは創発だ。科学は常に世界の情報を棄てて、単純な法則を作って、世界を説明してきた。しかし、法則では全てを説明できないことが不完全性定理によって証明された。これからは法則でなく創発が、知の領域を切り開いていくだろう。

単純な法則というかパターンが、何度も何度も繰り返されることによって、きわめて複雑で誰も把握しきれないほどの情報が生み出される。これが創発である。大量の情報が質を作り出す。創造的発動によって人類の知の領域が切り開かれる。ゲーデルは理論の限界を指摘したが、天才の直観には限界を定めなかった。天才の直観はどこから生まれるのか。天才一人の力が知を切り開くわけではない。集合知の集積によって、創造的発動が起こる。そして新しいシステム、理論ができあがる。
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2008年03月02日

書評:『眠れない一族−食人の痕跡と殺人タンパクの謎』マックス著〜プリオン病について

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眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎
ダニエル T.マックス 柴田 裕之
紀伊國屋書店 2007-12-12
おすすめ平均 star
star「内からの脅威」その名はプリオン

迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか 感染地図―歴史を変えた未知の病原体 紅水晶 ヒトは食べられて進化した 消えたカラヴァッジョ

by G-Tools , 2008/03/02



人類が抱える様々な問題について語る知的好奇心溢れる書。ヴェネツィアのある貴族出身の一族は、代々謎の不眠症に苦しんできた。中年期に発症して、不眠状態に苦しみながら患者は死んで行く。この一族の数世紀に及ぶ受難を軸に話題が展開し、やがて眠れない一族の病気の原因は、ニューギニアのクールー病、狂牛病と同じくプリオンだとわかる。現代でも治療困難なプリオン病の起源を探るうちに、80万年前の食人習慣にたどりつくという、壮大で問題提起的な科学書。紀伊国屋書店出版物にはこの本のほかにも『ユーザーイリュージョン』など大風呂敷科学書が多く大変興味深い。

プリオンはたんぱく質である。遺伝するし、感染するし、偶発的に病気を起こす。プリオン説は生物学の常識からすると異端の説である。ウィルスやバクテリアなど感染するものは、生物である。生物は核酸、遺伝子をうちに持っている。ウィルスは他の生命に感染することで、自己の遺伝子を増やそうとする。しかし、たんぱく質であるプリオンは生きていない、核酸がない、遺伝子を持っていない。そんなものがなぜ遺伝、感染するのか、生物学の範囲では理解できないからこそ、プリオンが引き起こす病気を人類は解決できないのである。

プリオンが体の中に取り込まれると、異常が起こる。遺伝もしくは捕食によって、プリオンは人の体内に入る。ニューギニアで発生したクールー病は、プリオン患者の遺体を食べたことによって広まったとする仮説が有力である。狂牛病と呼ばれる病気も、プリオンを持っていた牛の肉を他の牛が食べたことによって、広まったとする説が有力である。本来牛は草食であるから、他の牛の肉を食べるなどということはありえない。しかし、酪農家は牛の飼料に、脳や顔など人が食べない部分の牛肉を混ぜた。病気で死んで出荷できなくなった牛の死体も飼料に混ぜられた。牛は共食いを強制させられたのである。なぜ草食動物に肉が与えられたかというと、動物性たんぱく質を摂取した方が、肉の発達がよくなるためであった。一匹の家畜からたくさんの肉をきりとって、より多くの家庭の食卓に運ぶため、品種、家畜システムの改良が重ねられた結果、プリオン病が牛の間で流行したのである。病に倒れた同族の肉を食べさせられたことによって、ちゃんと歩けなくなった牛のことを「くるっている」と見て、狂牛病と名づけた人類の方が、やっていることが滅茶苦茶なのだ。

著者は人類の間では、食人習慣広く見られたものであったろうと推測する。社会でなぜタブー視されるようになったかといえば、亡くなった人が持っていた病気が、食べた人に感染する事態がよく観られたためではないかと推測している。

より大きな牛をたくさん育てて、多くの家庭に良質の牛肉を届けるという、農家の使命は、先進国の間ではほぼ達成された。現代ではもう牛肉を大量生産する必要もない。肉も牛乳もチーズもスーパーに有り余っているし、賞味期限が過ぎれば棄てられる(賞味期限切れの食品が家畜のえさとして再利用されるのだけれど、リサイクルによってまた共食いが促進されるだろう)。かつて持っていた使命感、目的を失った農家は、品評会で高評価を得て表彰されることを目指して、良質の牛肉を作ろうと努力しているそうである。人類全体の福祉を向上させるために働くことは素晴らしいこととされてきたが、その営みによって、自然、動植物は多くのダメージを受けてきた。自然に与えてきた被害によって、現在人類はしっぺ返しをくらってもいる。人類全体の福祉を向上させることを目的とすることは、間違っているのではないかという反省が、20世紀に成された。必要なのは、自然の動植物を含めた、地球全体の福祉を考えることだ。地球に住み、暮らす生命体が幸福となることを目指して働くこと。それが善いことであり、人間活動の基礎である。
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書評:『医学概論』日野原重明

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日野原重明医学概論
日野原 重明
医学書院 2003-03

by G-Tools , 2008/03/02



西洋医学についてずっと前から勉強したかったけれど、専門的そうだし、大学の教養科目になかったし、医者志望者だけが習うものかと決めつけて勝手に敬遠していた。健康診断で血糖の精密検査を受けた時、西洋医学のよさというか強さを知ったので、物理学も生物学も数学も終わったので、医学の本をとることにした。書店の医学書売り場には、専門にわけてそれこそ無数の本がおいてある。臨床医学、基礎医学、歯学、薬学、免疫学、医学一般、試験、看護学等々たくさんある。しかし、これだけあるのに、何故か医学素人向けの、全てを網羅した入門書がおいていない。軍事・ミリタリーの決定的入門書を買おうとした時も、同じ困難にぶつかった。専門に分かれすぎているせいか、たくさん本があるのに、その学問の入門書がおいていないのだ。これこそ現代の知識が抱える決定的問題だろう。

医学一般のコーナーで、この本を見つけた。大型で図表も多く、書籍というよりは教科書という体裁である。元は看護士志望生向けの医学概論テキストだったそうだが、内容的に優れているため、一般向けに、医学概論の入門書として出版することになったという。

医学の体系、医学の歴史、病気の原因、病気による体の変化、診断、治療とリハビリテーション、予防、新しい医療システムなど、医学全般について、要領よく、簡潔にまとめられている。西洋医療は人体解剖によって発達した。宗教的、道徳的規範意識から、解剖は躊躇されていたが、解剖によって体と病気の正確な観察が可能になった。化学、生物学、物理学、工学の発展に伴って、医学の知識は現代も進化し続けている。古代ギリシアのヒポクラテスからの医学発達を振り返ってみて、東洋医学にはない西洋医学の強さを知った。また読む過程で、煙草、アルコール、暴飲暴食が体に悪いことをよく知った。

要所要所で医者に求められる倫理、人格が述べられる。金儲けに走る医者、わいせつ行為に走る医者、救急車の受け入れ先がなくて、運送中に死んでしまう患者、医療ミスなど、最近医療に関する悪いニュースが多い。医者だけが問題を起こしているのでなく、以前は成立していた質のよさ、規範が社会全体でなし崩し的に崩壊しているのだけれど、何か大切なことが現代社会から忘れ去られようとしている。著者は医療における、患者に対する態度の大切さを何度も説いている。

著者によれば、医療の目指すものは健康helthである。helthの語源はholである。holは全体的という言葉、またholy聖なるという言葉にも通じる。helthは全人的なケアによってこそ達成できるという。

『全人的に病人をケアするということは、身体的に、精神的に、また社会的に、という三相でケアするということである。問題をもっている人々の個々の人間性を個々に理解し、しかもただ理解するだけではなしに共感をし、そうしてどうすれば個々の人々によく対応できるかを十分に考えたうえで行動することが望まれる。そういうやり方でのみ全人的なアプローチが可能となるのである。』(pp.156-157)

孫引きになるが、以下の文章に大きな感銘を受けたので引用する。

『第1章でも引用したが、ウィリアム・オスラー博士は、「諸君の少なくとも3分の1は、専門の医学書以外の本に書かれている内容のものである」と医学生に述べている。そして、この医学書にない3分の1の内容を獲得するために、睡眠に入る前の30分間、毎日次のような本を読むことをすすめ、それを医学生のためのBed-side Libraryと名づけた。このなかには、新旧約聖書・シェイクスピア・トマス=ブラウン「医者の信仰」・マルクス・アウレリウス・エピクテートス・モンテーニュ、その他が含まれている。』(p157)

以前はこのように専門外の人にも役立つ教養書がよく読まれていた。これらの書は役立つといっても、すぐに実利をもたらすわけではない。その分深い安らぎを読者に与えてくれる時代を経てもいろあせない良書である。こうした書物の読書が必要だろう。
posted by 野尻有希 at 09:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書論(自然科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする