2010年06月18日

今日気づいた大切なこと:世界人口六十億人超の問題

今日気づいた大切なこと。世界の人口は、六十億人を超えている。千八百年は、推定十億人。千九百六十年は、推定三十億人。人間は地球上で増えすぎた。他の動物よりも、人間は増えすぎだ。他の多くの動物が人間の食料になり、消費されているのも最もな話だ。続きを読む
タグ:環境問題
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2009年12月21日

COP15で大国と小国の意見一致せず、環境問題未解決の未来

地球の未来を担うCOP15の結論は予想通り、何だかなぁなものになった。温暖化による水没の危機に瀕している島国の代表は、大国の人々は炭素排出権等を売買しているけど、お金の問題じゃないと批判していた。まあ当然小国の意見は採用されず、大国間でも意見が割れたので、あまり効力のない結論になった。

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2008年02月26日

環境問題は先進国の価値観に過ぎない

今ニュース23で環境問題の特集をやっている。

観ているうちにふつふつと思ってきた、環境問題は先進国にとっての問題でしかない。

発展途上国と呼ばれてきた国々は、環境破壊によってすでに多数の死者を出しているし、経済、生活にも甚大な被害が出ている。それはもう切羽詰ったものだ。今すぐ解決しなければ民族の存続さえ危ぶまれる緊急の問題だ。

それにくらべてこの環境問題特集は何となく穏やかな雰囲気がある。今すぐ取り組まなければ将来人類の存続および生命の存続は危ういという主張。これは子孫に対する責任の問題という扱い。

対して環境被害にダイレクトに接している人々はもう今すぐ解決に向けて乗り出さないと人は死ぬし土地は滅ぶし仕事はなくなるし食糧もなくなるし、生活自体が破壊されている。しかもそれらの害の多くは被害を受けている彼らに責任があるのでない。他の地域でいまだ豊かに暮らす人々のライフスタイルに責任があるのだから、おかしな話だ。
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2008年02月11日

地球社会短信「カンガルー社会でも人間と同じようにメスの比率があがっている〜食糧摂取の重要性」

NHK日曜夜に放送されている「ダーウィンが来た! 生き物新伝説」では、様々な動物の生態が紹介されている。昨日の放送では、オーストラリア、カンガルーの生きる様子が放送されていた。

カンガルーはオスが大きく、メスは小さい。オス同士はメスと繁殖する権利を筋肉闘争によって奪い合う。いわゆるカンガルーのボクシングと呼ばれるけんかである。けんかに勝利したオスがメスと交尾する権利を得る。プロポーズはオスからメスへされるのが普通である。

しかし、今回のNHKの取材によって、今までには見られない現象が観察された。オス二人がメスを前にしてもけんかを始めなかった。さらには、メスからオスにプロポーズされた。女性の権利上昇とオスのメス化は、人間社会だけでなくカンガルー社会でも起こっているのだろうか。

旧来は、男性中心の社会的価値観に基づいて生物行動が観察されたから、こうした現象は昔からあったのだが、見落とされてきただろうという意見がすぐ思い浮かぶ。社会の常識に応じて、科学者のものの見方は変わりうる(逆もありうる。科学者の発見によって、社会常識もかわる。科学と社会は相互に影響しあっている)。しかし、メスからオスへのプロポーズ現象は、自然生態系の変化によって説明されるのだった。

カンガルーではオスの比率が減って、メスが増えているという。なぜかというと、地球温暖化やら環境破壊の進展によって、カンガルーの食事である植物が激減した。オスは体が大きいからたくさん食べ物が必要だが、メスは体が小さいから少しの食事ですむ。大量の食物が必要なオスは健康を維持できなくて死んで行くが、メスは少しの食事でも生き抜くことができる。故にオスが減ってメスが増える。こうした環境バランスの変化の結果、オスはメスを求めてけんかする必要がなくなった。逆にメスは、よさそうな相手が見つかれば、自分から積極的にプロポーズするようになった。

カンガルーの社会では確かにそうだろう。では、日本社会で最近よく言われる男の子の女の子化、女性の男性化は、食糧危機という自然現象(というか人間が引き起こした文化現象)によって、説明がつくだろうか。最近知人友人親戚が結婚しても、子どもを産まないことが多い。生まれた子、生まれる子の性別をきくと、たいてい女の子だという。なぜこんなに女の子が多く生まれるのだろう。もともと人間って女の子の方が多く生まれるんだっけ? 成人男女構成比でも女性の方が多くなっているのに、なぜますます女の子が生まれるんだろう。

『メス化する自然』という本があった。この本は、動物でメスが多く生まれるようになった原因として、人間が自然環境にばらまいた環境ホルモン(=内分泌かく乱物質)をあげていた。僕たちが普段何気なく食べている商品や接している化学物質の影響によって、女の子が生まれる比率が高くなっているのだろうか。

答えが先程見つかった。結論からいうと、人間とカンガルーは同じである。詳しく話そう。天丼屋で食事をした。お昼時で満杯だったので、ゆっくり休むこともなく、海老が2本入っている上天丼と冷奴を急いで食べた。僕の隣の席に男女のカップルが座った。女性の方は天丼のごはん少なめを注文すると言った。男性は、天丼を注文するといった。そこで女性が、「上天丼とか大盛りにしなくていいの?」と言った。天丼じゃ食事として量少ないんじゃないのという彼女の指摘に対して、男性は自分の意見を曲げず、天丼の普通盛りを注文した。

よくよく振り返ってみれば、知り合いの女性たちは食事にいくと、大盛りを注文しない。自ら進んでご飯少な目を注文する。対して、知り合いの男性たちは大盛りをよく注文する。大盛り無料ならば必ず大盛りを頼む。

女性たちは男性を前にして、そんな食べるのは品がよくないと思って、ご飯少な目を頼んでいるのだろうか。あるいはダイエットしたいがために、少量の食事を頼んでいるのだろうか。よくよく女性の体型を見てみると、新陳代謝を維持するためには、外食で出てくる普通の分量の半分くらいでちょうどいいように思える。女性たちは、男性に比べて、少しの食糧で新陳代謝を維持できるだろう。あれ、これってカンガルーの社会と同じではないだろうか。

日本では食糧が有り余っているように見える。むしろ過去の時代の方が食糧の少なさ、貧しさにあえいでいたように思える。飽食の時代にあるようにみえて、その実食文化は貧しくなっているという指摘もある。日常の観察を通じてわかったことといえば、たいていの男は大盛りが好きで、たいていの女性はご飯少なめを好むということだ。もちろん人類は多様な価値を持っているから、例外はたくさんあるけれど、きちんと統計をとれば、そういう結果になるだろう。食文化なり食糧供給に危険が高まれば、大量の食糧摂取を必要とする方が死んで行く。少しの食事で生活できる方が長く生きながらえ、社会で活躍の場を広げていく。これから水なり小麦なり米なり毒入りギョーザなり、食や資源に関する危機が高まっていけば、ますます女性というか清楚な食事で済ます人々に有利な社会となっていくことは確実だ。

カンガルー社会から学ぶこと。というか、カンガルー社会に我々が与えた甚大な被害から学ぶこと。それは、食糧摂取の重要性である。生命活動において食欲、睡眠欲、性欲に基づく活動は、新陳代謝の維持と子孫の繁栄にとって、非常に大きく重要な問題である。

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メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖
デボラ キャドバリー Deborah Cadbury 古草 秀子
集英社 1998-02
おすすめ平均 star
star人類は滅亡する運命か?

奪われし未来 胎児の複合汚染―子宮内環境をどう守るか (中公新書) 沈黙の春 (新潮文庫) 複合汚染 (新潮文庫) 環境ホルモン―人心を「撹乱」した物質 (シリーズ・地球と人間の環境を考える)

by G-Tools , 2008/02/11

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2008年01月20日

ヨーロッパの環境問題意識発展をみて

衛星放送のドキュメンタリー番組でヨーロッパの様子を見ていると、ヨーロッパでは日本以上に環境問題に対する意識が高まっていることがわかります。ビジネスで活かそうとしていますし、日常生活の隅々に環境意識を取り入れようとしている努力がよくわかりました。

車の運転を控えたり、無駄な買い物、消費を控えたり、環境に悪いものは使わない。こうした当たり前のことの積み重ね。

自分ひとりがやったところで、世界規模で進展する環境問題は解決できないのではないかという諦めの意識は、大勢の人の協力、参加によって解決することができます。

もっとゆっくり、人生と自然を楽しむよう生きてみようと想いました。仕事をしすぎることもまた、環境破壊につながります。

環境のためによい仕事なら問題ありませんが、オフィスワークは多大なエネルギーを消費しています。冷暖房、コンピューターを動かす電気代、紙の利用、電車、道路の利用。余分な仕事をせずに、本当に必要なことを、自分の心臓にふさわしいペースでゆったりと行うこと。
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