2009年03月28日

連載小説「東京ゴモラ新宿歌舞伎町店」第5回




 カプセルベッドの透明窓が音も立てずに開いた。
「ゆっくり起きて下さい」
 ヘッドフォンからレベッカの声がする。上半身を起こしてみる。レベッカがパソコンを操作しつつ、僕の顔を見て微笑んだ。
「ここは夢のテーマーパークです」
 部屋の様子は何も変わっていない。
「ヘッドフォンをつけたまま、上着を着て外に出て下さい。わからないことがあれば、何でも質問して下さい。私はピエロさんが快適に遊べるよう、この場でサポートしますので」
 レベッカが口を動かすと同時に、ヘッドフォンから彼女の声が聞こえる。以前同時に聞こえていた、奥まったもう一人の声は聞こえなくなっていた。
 僕は靴を履き、かごの中に入れていたダウンジャケットを身につけた。
「ご主人様、おでかけです」
 レベッカが部屋の外に届くほどの声で言うと、ドアが開いた。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
 ドアを開けたのは、先ほどジントニックを持ってきてくれたゴスロリ少女だった。少女に案内されて、カウンターまで戻る。カウンターには、店に入ってきた時、ホスト風の男と談笑していたゴスロリ嬢が立っていた。
 ホスト風の男は最初と同じ場所に座り、ウィスキーを飲んでいる。彼の隣には、別のゴスロリ嬢が座っていた。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
 僕がエレベーター前まで来ると、ゴスロリ嬢たち全員がおじぎした。続きを読む
posted by 野尻有希 at 23:10 | TrackBack(0) | 小説「バーチャルリアル」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

連載小説「東京ゴモラ新宿歌舞伎町店」第4回




 通路の奥は薄暗く、壁にドアがたくさん並んでいた。ドアの左斜め上に、ランプがある。ランプの明かりがついている部屋は、使用中ということなのだろう。
「ご主人様のお部屋は、220号室です。こちらへどうぞ」
 女の子がドアを開いて、入り口脇の電気のスイッチを押した。
 部屋の隅々にある何個かの小さなランプが明かりを灯した。
 僕だけ部屋の中に入ると、「では、しばらくお待ち下さい」と言って、女の子が扉を閉めた。
 室内は狭く、カプセル型のベッドの脇に、丸い座椅子とテーブルがおかれていた。
 テーブルの上には、パソコンの液晶ディスプレイ、キーボード、ワイヤレスのマウス、小型マイクがついたヘッドフォンがおいてある。液晶画面には、赤い林檎に絡みつく蛇のスクリーンセイバーが映っていた。リアルなCGで描かれた蛇が、ぬるぬると林檎の皮を這い回っていて気色悪い。
 液晶ディスプレイから伸びるケーブルの先を見ると、サーバーとも呼べそうな大型のPCケースがおいてあった。やはりゴスロリの格好をした女の子たちなだけに、パソコンにも詳しく、オタクの客も多いのだろうか。
 カプセルベッドの方は、SF映画に出てくる冷凍睡眠装置みたいな外見で、人一人がようやく寝られるくらいの大きさだ。カプセルの上面は透明のガラス張りになっていて、カプセル内には青白い電灯がついている。
 カプセルベッドの下に、洋服を入れるプラスチック製のかごがおかれていた。ここで脱いだとして、一人しか入れそうにないカプセルベッドの中で何をするのだろうか。パソコンが何か関係してくるのだろうか。
 まだ東京ゴモラのサービス形態を把握しきれていない。はっきりしているのは、ここがテーマパークではないことだけだ。
 僕は丸椅子に座り、キーボードのエンターキーを押してみた。スクリーンセイバーの動画映像が止まり、真っ黒な画面に切り替わった。画面中央にIDとパスワードの入力ウィンドウが表示されている。
 ドアをノックする音が聞こえた。どうぞと言うと、部屋に案内してくれた女の子とは別のゴスロリ少女が、ジントニックを持って現れた。続きを読む
posted by 野尻有希 at 22:23 | TrackBack(0) | 小説「バーチャルリアル」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

連載小説「東京ゴモラ新宿歌舞伎町店」第3回




 エレベーターの扉が開くと、店の受付ブースが広がっていた。黒革のソファーが並ぶ奥にワインレッドのカウンターがある。
 床には濃いクリムゾン・レッドのカーペットが敷かれており、ソファーとソファーの間にたっぷりとスペースも確保されている。天井にはシャンデリアがきらめいていた。
 カウンターの奥に通路が続いていたが、先は見えない。雑居ビルの外見からしたら、この受付だけでワンフロア使っているんじゃないかと思えた。
 ソファーにはストライプ柄のスーツを着たホスト風の男が座っていた。ホストの隣にはゴスロリの格好をした女の子が座っている。
 男はウィスキーのボトルをロックグラスで飲みながら、背をふんぞり返らせて、口を開けて笑っていた。隣の女の子は、手を叩いてはしゃいでいる。やっぱりこの店は、ゴスロリのキャバクラではないのか。
 カウンターには、同じくゴスロリの格好だが、随分大人びた雰囲気の女性がおり、男女のカップルと話していた。男の方は白髪のじいさんで、女の方は金髪でヴィトンの紙袋を持っている。僕の前に歩いていた二人組ではないか。やっぱりじいさんは同伴だったのだ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
 カウンター奥の通路からアニメ声優みたいな作り声がした。ゴスロリの格好をした女の子が僕の元に駆けつけてくる。メイドではない、真正ゴシック・ロリータだ。
「今日はご予約ですか?」
「初めてなんですけど」
 僕は無料体験チケットを差し出した。
「体験のご主人様ですね。一旦おかけになってお待ち下さい」
 ホスト風の男の向かいにあるソファに案内された。僕はチケットを丸めてダウンジャケットのポケットに戻した。
「お飲み物は何がいいですか?」
「ウーロン茶で」
「お酒しかないでーす」
「……じゃあジントニックで」
 ソフトドリンクがないとはどういうことだろう。無料体験チケットとかいって、実は高額の酒代を要求されるぼったくりではないのか。続きを読む
posted by 野尻有希 at 11:18 | TrackBack(0) | 小説「バーチャルリアル」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月22日

連載小説「問う今日ゴモラ?新宿歌舞伎町店」第2回

第2回

 下りのエスカレーターに乗って、駅ビルの地下一階まで降りた。上りのエスカレーターに乗っている人の姿が、嫌でも目に入ってくる。みな美人で、自分に満足している顔をしている。
 本当なら僕はゴールデンタイムの人気番組に出演する有名芸人になって、彼女たちから注目を集めているはずが、中野でライブをやるばかりのお笑いコンビ「地獄の季節」のピエロのことなんて、誰も知らないのだ。
 地下一階から、新宿駅周辺の地下に張り巡らされた地下通路に出て、歌舞伎町に向かった。
 クリスマス前の休日だ。地下通路は買い物客で混雑している。カップルの姿もよく目にとまるが、駅周辺まで進むと、ダサい普通の格好をした人、おっさんおばさんも多くなってきて、気持ちが安らいだ。
 僕の前には、革ジャンを着た白髪のじいさんと、二〇代前半風の金髪のお姉さんが一緒に歩いていた。お姉さんは、ヴィトンのロゴが入った、大きな紙袋を持っている。クリスマスプレゼントとして、白髪のじいさんに買ってもらったんだろうか。
 ドン・キホーテの近くにある階段を上って、地上の靖国通りに出た。無料体験チケット裏の地図を確認する。東京ゴモラ新宿東口店は、新宿区役所の近くにあった。
 どのあたりまでが東口で、どこから歌舞伎町と呼ばれるのかは正直わからない。区役所前を歌舞伎町と言うのは違うのかもしれないけれど、呼び込みの兄ちゃん姉ちゃんが並び、いかがわしい店がある点で、区役所前も歌舞伎町の一角だと思えた。
 とにかく、新宿駅から離れているのに、新宿東口店というのは、詐欺だと思えた。
 チケットにかかれた簡易地図にそって道を歩く。まだ昼間だけれど、呼びこみの兄ちゃんに何回か声をかけられた。
「今ならクリスマス割引やってますよ」
「今日は女の子みんな、サンタのコスプレしてますよ」
 貯金を切り崩しながら生活している僕は、まっすぐ東京ゴモラに向かった。
 途中、パンツのポケットの中で携帯電話が振動し始めた。バイブレーションのパターンからして、電話だ。電話を手にとって、液晶画面を開いてみる。相方のランボオの名前と電話番号が液晶に表示されていた。ネタの打ち合わせの連絡だろうか。留守番電話の自動応答メッセージに切り替わらないうちに、通話ボタンを押してみた。
「ピエロ、今どこ?」
「新宿駅前。大学の友達と会ってるとこ」
「ヨドバシによって、プレステ3のゲーム買ってきてくれない?」続きを読む
posted by 野尻有希 at 22:15 | TrackBack(0) | 小説「バーチャルリアル」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

連載小説「東京ゴモラ新宿歌舞伎町店」(1)

書こうと書こうと思っているのに、体が恐怖に怯えて、まるで小説が書けない。新人賞の応募小説ではなく、ブログの連載小説を書くんだと体をだませば、なんとかトラウマに怯えず小説が書けそう。応募することとか、賞をとることなんて、私個人にとって重要なだけで、小説自体や読者にとっては何の重要性もない。ただひたすら探求、対決すべき問題に向き合っている、付き合っている小説なのかどうか。体が書きたくないと悲鳴をあげているということは、問題に向き合えていないということだ。


連載小説「東京ゴモラ新宿歌舞伎町店」

(1)




 新宿駅ビルのカフェに入った。ファッション誌に出てきそうな流行の服装をした女の子ばかり。たまに男がいても、かわいい彼女と一緒で、幸せそうな顔をして談笑している。いかにも場違いな空間に呼び出されてしまった。
 カフェの一番奥のソファー席で、見慣れた顔の男が一人、トールサイズのアイス・ラテを飲んでいた。僕の大学時代の悪友、Kだ。
 Kは卒業後、大手食品メーカーに就職した。今や複数店舗の営業統括マネージャーをやっていると、去年くらいに噂で聞いた。
 元々太めの体質だったが、大学時代に比べてさらに横幅が広くなっていた。Kは僕を見つけて視線を送った。
 Kに近づいてみると、ブランドものの、生地のよいセーターとパンツを着ていることがわかった。僕は、中野ブロードウェイの一年中閉店セールをやっている店で買った服を身につけている。Kはこの空間に溶けこんでいた。いつもは女性を連れてこのあたりを散策しているのだろう。
 Kにショートサイズのアイス・ソイラテをおごってもらった。大学時代はいつでも割り勘だったけれど、Kは一部上場企業の正社員、僕は売れないお笑い芸人、おごってもらうのも当たり前のような気がした。
 席についてしばらく、近況を話し合った。
 最近不況のせいか、商品を卸していたレストランが、潰れることも多いと言う。「で、ピエロはどうなの? 最近」とKに聞かれて、言葉につまった。
 僕は売れないお笑い芸人をやっている。女性用下着メーカー就職後、二年で退職し、お笑い芸人を目指すことにした。一緒に会社を辞めた同期の女の子と組んだコンビ「ワン・プラス・ワン」(※コンビ名はツッコミだったアンナが決めたものだ)は、3ヶ月で解散した。相方のアンナは、化粧品メーカーに再就職したが、僕は養成所で知り合ったもっさい男と組んで、新コンビ「地獄の季節」を結成(新コンビ名は新しい相方のランボオがつけたものだ)、お笑いを続けていた。
「最近どう」と聞かれても、お笑いの道をこころざしてからはや六年、鳴かず飛ばずで苦労を重ねている。ずっと低空飛行していたせいか、景気のよしあしの実感もない。
「まあ、そこそこだね」などと何の具体的エピソードも交えず、はぐらかしておいた。中野の体育館でやっているお笑いライブにはいつも出ているけど、テレビ番組のオーディションでは毎回落選している。もういい加減お笑いの夢を諦めて、再就職した方がいいのではないかなんて、愚痴を言う気にはなれなかった。
「今日は何の用なの?」
 大学時代の友人と会うのは、お笑い芸人を目指してから初めてのことだった。大企業で順調に出世していく彼らとは、別の世界に入ったと思っていたから、意図的に会うのを避けていた。
「ちょっと渡したいものがあってね」
 ブランドもののトートバッグから、Kが一枚のチケットを取り出した。「東京ゴモラ新宿東口店無料体験チケット」と丸文字で可愛らしく書かれている。「東京ゴモラ」なんて店名、初めて聞いた。
「何? この店」
「テーマパークだよ。ピエロはテーマパークとか絶対行かないだろ。行ってみなよ」
「テーマパークって、新宿東口にか?」
「実際はさ、歌舞伎町のあたりなんだけどね」
 ますますあやしい。
「何だよ。本当は風俗店かなんかじゃねえの?」
「風俗っぽいことも、やろうと思えばできるよ」
 さも自分が東京ゴモラ新宿東口店で、風俗遊びをしてきたような言い草だ。だいたいテーマパークなのに、「新宿東口店」と、末尾に「店」をつけている時点であやしい。続きを読む
posted by 野尻有希 at 19:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説「バーチャルリアル」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする