2009年12月06日

自作小説「動植物と人間の命」(最終回)殺生の物語

生命倫理をテーマにした自作連載小説「動植物と人間の命」最終回です。

この小説を書いて、純文学とはしばらくお別れと思いました。自分の書きたい真面目な小説を書いても、アクセス数は伸びません。昔風の自分自身いささか無理をして書く真面目な作風はもうしばらくやめにして、これからは現代の欲望に即した、娯楽小説を書くことにします。

それではしばし最後の真面目な小説をご覧下さい。
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タグ:生命倫理
posted by 野尻有希 at 22:33 | TrackBack(0) | 小説「動植物と人間の命」(完結) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月03日

自作小説「動植物と人間の命」ゴールポストに吊るされた牛、卵の女の子

前回の連載で、次で最終回ですとお知らせしましたが、あと2回続くことになりました。もうちょっとだけ続きます。最後まで生命倫理をテーマにした物語をお楽しみ下さい。



姉の夢語り


女の子からもらった卵を胸に抱いて、霧の中を歩いていく。

私は、パジャマを着ていた。女の子はワンピース。二人とも、靴も靴下も履いてない。裸足で歩いていても、白い地面は温かく、柔らかい。続きを読む
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2009年12月01日

自作小説「動植物と人間の命」姉の夢語り、卵と女の子

生命倫理をテーマにした小説『動植物と人間の命』も、もうすぐ連載終了です。本日掲載分は少々長いですが、お付き合い下さい。


姉の夢語り


泣いている女の子がいた。その子は白いワンピースを着て、裸足で立っている。真っ直ぐの髪を震わせて、両手を瞳にあてて、涙をふいている。

「どうして泣いているの? 何が悲しいの?」

答えはない。何故って理由を尋ねてみても、彼女の悲しみを救うことはできないだろう。それじゃあどうしようか。続きを読む
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2009年11月29日

自作小説「動植物と人間の命」姉の夢語り〜種撒く人、ゴッホの耳

この地球で生きていくために必要なことは、競争することじゃなかった。切磋琢磨することは必要だけれど、自分の利益を拡大するために他人を蹴落とすことは、決して必要なことではなかったんだ。

私はゴッホの絵が好きだ。ミレーの絵もそれ以上に好きだよ。農村で働く人たちの絵、中学生のお前には、刺激がなさすぎて、つまらないかもしれないな。けれど、高校生くらい大人になると、味がわかってくるもんだよ。
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2009年11月28日

小説「動植物と人間の命」大企業の物語

私は人生において、今まで一体何匹の牛を食べてきたのだろう。

私は人を殺したこともない。子どもの頃、草を抜いたり、昆虫をあやめたことはあったが、動物をいじめて殺すことはなかった。

私自身は手をくわえていないけれど、実際動植物の命を毎日殺すことに私は加担している。この事実を綺麗に忘れて、毎日食事を楽しんでいた。続きを読む
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2009年11月25日

動植物と人間の命:姉の夢語り

<姉の夢語り>


自然の流れに身を委ねる。

人見、無理をしなくてもいいんじゃないか。

お前が一人だけでそんなに哀しまなくても、いいと思うよ。

哀しみって、誰かとわかちあうものだから。

全部一人で背負わなくていい。

積み荷は人とわけあっても、一緒に運んで行ける。
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動植物と人間の命:たくさんの命を体の中に持つ雑食性の人間が、勤労感謝の日に考えること

三連休最後の日、中野駅前のネットカフェに行ってみた。昨日初めて行ってみて、今まで通っていたネットカフェよりも内装やドリンクの質がよかったから、気に入って二日連続で行くことにしたのだ。

昨日は他のお店と違って素晴らしいと感動したのに、二日目の今日は、感動がなかった。動植物の命についての記事をたくさん書きたかったのに、店内で食事をしたら眠くなったので、うたた寝をして終わった。

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ヒトはなぜペットを食べないか (文春新書)
文藝春秋 2005-04
おすすめ平均 star
starタブー
star導き出された結論よりもそこに至るまでの過程を楽しむ作品
starなぜだろう、と先ず考えてから読むと新鮮!
star肉食に関する蘊蓄(うんちく)本
starまぁ、それにしても「創作料理」とは都合のいい言い草だね。

肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書 (92)) 食と文化の謎 (岩波現代文庫) 家族ペット―ダンナよりもペットが大切!? (文春文庫) 禁じられた性技―「ソドミー」と「インセスト」 (河出文庫) イギリス人はおかしい―日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔 (文春文庫)

by G-Tools , 2009/11/25


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2009年11月24日

動植物と人間の命:動植物や亡くなった人の代わりに言葉を記録する仕事

見先と人見は、よく夢を語り合った。将来の夢、人生の夢についてだけでなく、眠っているうちに見た夢についても、姉妹は語り合っていた。

お互いの学校で今日起きたことについて語り合うこと以上に、人見は夢の話を楽しみにしていた。人見は見先に話す前に忘れてしまわないように、朝起きた時、ベッドの脇においたノートに夢の内容を記録していた。見先はノートを取っている様子がなかったので、学校から帰ってきて見先と夢の話をする時、人見はノートを読み返さずに話した。

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夢判断 上 新潮文庫 フ 7-1
Sigmund Freud
新潮社 1969-11

夢判断 下    新潮文庫 フ 7-2 精神分析入門 下    新潮文庫 フ 7-4 精神分析入門 (上巻) (新潮文庫) 自我と無意識 (レグルス文庫) あるヒステリー分析の断片―ドーラの症例 (ちくま学芸文庫)

by G-Tools , 2009/11/24


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2009年11月23日

小説「動植物と人間の命」生きていた頃の姉が話してくれた湖の夢

なあ人見、昨日の夜、変な夢を見たよ。私は湖を泳いでいた。最初のうちは、湖だとは思えなかった。去年の夏、お前の友達と一緒に海に行っただろ、あの時の海みたいに広かったね。冗談じゃないよ。本当に大きくてさ。まあ潮の満ち干きがなかったから、やっぱりあそこは湖だったろうけど。
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posted by 野尻有希 at 09:19 | TrackBack(0) | 小説「動植物と人間の命」(完結) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月22日

小説「動植物と人間の命」デフレのニュース、ファストフードのハンバーガー

夜、会社近くの中華料理店で食事をとった。天井近くの棚に、液晶テレビがおかれていた。この液晶テレビは大企業が作ったものであり、テレビに流れているニュースも、大企業が制作したものだ。

政府がデフレだと発表したそうだ。物が売れないから、物価が下がる。ニュースになる前から、食品、洋服、レンタルビデオの価格が下がっていたのを実感していたから、別に驚きはない。政府が認めただけだ。

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2009年11月21日

小説「動植物と人間の命」亡くなった姉が今も生き続ける

人見は随筆を書き終えると、自分の言葉を点検した。書き終えた言葉が、主張するに足る意味を持っているか。自分自身が持っている最良の言葉を出すことができたか。また、自分自身の最良の限界を超えることができただろうかと、書いた言葉を読み上げてみた。

今書き終えた言葉を誰かに向けて、声に出して主張することはできない、それは恥ずかしいと人見は思った。こんなことを口にして、変な女だと思われたらどうしよう。動植物の命を守ることよりも、保身の気持ちが先に働くことが、情けなかった。続きを読む
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2009年11月20日

小説「動植物と人間の命」消費者としてでなく、命の恵みに感謝する人として食事をいただく(2)

人間は、他の動物に捕食される心配がない。人間は、他の人間に殺されるか、病気か事故で死ぬ。食べ物が原因で死ぬ人も多いが、何者かに食べられる心配はない。

もし自分が食べられるとしたら、どう食べられたいのか。

考えてみよう。

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2009年11月19日

小説「動植物と人間の命」消費者としてでなく、命の恵みに感謝する人として食事をいただく

昨日は一時、動物の肉はもう口にすることは不可能だと思っていたのに、今日はいつも通り、普通に肉をいただいた。

生きていくため、肉を食べることはやむをえないことだ。肉の命に想いをはせることなく、肉を消費することは、慎むことにした。

菜食主義者として肉を食べずに生きていくことはできる。けれど、人類は基本的に雑食であり、肉をたくさん食べている。

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2009年11月17日

小説「動植物と人間の命」牛丼一杯二百九十円の背後にある牛の命(後)

人見は一日の終わりに書き残した牛丼に関する随筆をブログにアップした。タイトルは「牛丼一杯二百九十円の背後にある牛の命」。

人見は最近、牛や豚や鳥のことばかり考えている。こうして毎日思っていることを文章にして、インターネット上に発信しているが、普段職場で接する同僚とは、食物の命について真面目に話し合うことはなかった。

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小説「動植物と人間の命」牛丼一杯二百九十円の背後にある牛の命(前)

牛丼一杯二百九十円という広告が目につく。

一時期、狂牛病の話題で、牛肉のニュースが飛び交ったが、今や牛肉がニュースで取り上げられることもない。アメリカ産牛肉の問題について過敏だった人々も、産地の表示を気にすることなく、牛肉やハンバーガーを食べている。

日本国内のデフレの影響か、牛肉も安く提供されるようになった。牛丼一杯、二百九十円の命の中に、牛の命が含まれているのだ。命の軽さを悲しく感じているのは、私だけだろうか。続きを読む
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2009年11月15日

人口爆発という言葉の背後にある無数の命

今日から新しい小説の連載を開始します。仮のワークタイトルは「動植物と人間の命」。新人賞応募用の原稿です。新人賞を取ることを目的とするより、心底書きたい文、多くの人に読んで欲しい文を書くことにしました。


「動植物と人間の命」

言葉に潜む命を広く述べ伝えなさい。それこそあなたがこの世に生を受けたことの意味です。


一 人口爆発という言葉の背後にある無数の命


 人口爆発という言葉がある。人の数が爆発的に増加しているのだという。
 逆ではないだろうか。
 人が爆発的に死んでいっているのではないだろうか。
 爆発的に増加した人は、いつか必ず死ぬ。命は尽きてなくなるものだ。

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posted by 野尻有希 at 22:37 | TrackBack(0) | 小説「動植物と人間の命」(完結) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする